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理事長通信

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「卒業」とは新たな旅立ちを想起させる言葉です。2026年3月25日

「卒業」とは新たな旅立ちを想起させる言葉です。その先には進学があり、就職があります。仕事を修め、社会的責務から解放されるのも卒業かもしれません。旧弊からの脱却もあります。卒業とは希望に満ちた言葉です。

 福島県いわき市では毎年、卒業式の日に学校給食として赤飯を提供するという、まことに麗しい慣習があるそうです。今年のいわき市5校の中学校の卒業式は3月11日でした。ところがですね、その3月11日にいわき市の5校の中学校で事件が起ました。それは、卒業式の時に提供される予定だった2100食のお赤飯を回収し、急遽廃棄されるという事案が発生したことです。

 この日は東日本大震災の発生から15年という節目の日であったのですが(そんなことは言われなくてもわかっています。日本中がその日の悲しみを思い起こしました)、いわき市教育委員会事務局の発表によると、「市内の中学校の保護者から電話が入り、震災犠牲者へ哀悼の意を表すべき特別な日に、祝い事の象徴である赤飯を子どもたちに提供するのはふさわしくない、というクレームが寄せられ、赤飯の代わりに缶詰のパンを提供した」ということです。教育委員会の判断によりいわき市教育長が公式ホームページで発表しました。

 天を仰ぐ判断、というよりは呆れてものが言えないという私の心境です。おまけにこの問題として、いわき市の内田市長は自身のXの中で、「2100食分の赤飯の廃棄はもったいないと感じています」としたうえで、「こうした件について今後、私を含め市長部局にも予め相談してから判断するよう教育委員会に指示しました」と投稿しています。

「はっ!問題はそこ?」「廃棄がもったいない?」「もうみんなパカなの?」
 卒業生たちの門出をみんなで祝うために給食で赤飯をともに食すことに、どんな道義的な疑いがあるの? そんなことに針小棒大・筋違いのクレームをつける輩の意見など聞かなくていいです。卒業の祝いと震災の追悼は全くの別件で同列に扱うことがおかしい。
 責任者が「私の職責をもってみなで赤飯を食べて卒業をお祝いします」と言えばいいだけのことです。そのために責任者でしょ。廃棄が勿体なかったなんて論点のすり替えで逃げようだなんてとんでもないです。

 とにかく日本中で事なかれ主義が蔓延しています。教育の現場、それも大人への第一歩ともいえる中学校の卒業式で、「いや、その見解はおかしいじゃないか」と声を上げて断行する先生が一人もいないということが実に嘆かわしいと思います(「誰が何と言おうと、うちのクラスではみんなでお赤飯を食べて、子どもたちの門出を祝福するぞ」と声を上げて実行した先生もいらしたかもしれませんが)。(いや、田舎の慣習でそれやったら村八分ですよ。もう地元では生きていけません、許してください、という無言の擁護も理解できますが)。
 みなで卒業生の門出を祝うために提供される赤飯が、たった一人の保護者(数人?)の私見によって地元の慣習が覆されるとは、どういう蛮行であろうかと私は思います。
 多様性を尊重する社会とか寝ぼけたことを言っていると、こういう輩が勢力を伸ばして歪んだ社会を作るのは事例を見ても明らかです。

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