体力の衰えというものは、2026年4月22日
体力の衰えというものは、20代の時はさほど感じるでもなく、しかしながら齢を重ねるごとに、あれ、こんなはずではなかったのだが、と過信を恥じる事態に遭遇するものです。
歩行者信号の青点滅に反応し、走り出して段差がほんの1mほどの高さを飛び降りた時、20年来愛用していたカメラ(ライカM3ブラックペイントをビット付きに改造したもの)を落下させ成仏させたのは痛恨の極みでした。これは自分が責めを負うところですね。
最近ではトラブルに巻き込まれるということがとんと起きなくなってきましたが、これは自戒のたまものです。なにしろトラブルに遭遇しそうな展開にならないように自衛していますので。撤退速度が落ちている上に走力の継続力がもはや消滅したせいです。
さて、つい先日ですが、早く仕事が終わった日に御茶ノ水の古書店街をあちこちとはしごして歩いておりましたところ、小雨模様になってきました。私は手に大きな荷物を持っています。そこで乗りつけないタクシーでも拾おうか、と交差点に出たのですが、そういう時に限って空車のタクシーが通らない。配車ソフトを活用するほど普段タクシーに乗らないものですから。5分経ち、10分に迫ろうかといらいらし始めた時、私の5mほど前を遮って、新たなタクシー待ちの人物が現れました。見ると私より年上です。折しもようやくタクシーが空車の赤い照明を照らして接近してきます。件の人物も手を挙げ、タクシーは彼の前で停まりました。私は年上の人物に譲ってやろうかな、とも思ったのですが、こちらはすでに10分待っている身です。男同士1対1のことですので、ここは自分の正当性を訴えよう、そう思いました。ただギスギスとした言い方にならないように、相手も引っ込みやすいように、咄嗟に出てきた言葉で声をかけました。
「おいちゃん、こっちが先に待ってたんだよ」と。
するとその人物はこちらを見て、おう、先に乗らしてもらうよ、とばかりに片手を上げて挨拶を返しました。見るとそれは、とてもとても短い小指の手でした。改めて彼を見直すと、かなり立派な身なりで、ブランド物のキャリーバッグを引いています。まぁお互いいい年だし、けんかにもならないだろうけれども、そもそも世の中にはけんかしちゃいけない相手というのはおりますわな。
超名門私立小学校など白い巨塔のような権威があります。その受験に際して、合否という選別は苛烈です。結果は厳粛に受けとめる以外にありません。
それでも、今年は縁故枠の合格者がちょっと多すぎるんじゃないの? なんて不審が募る時は、とてーも穏やかに「御校は常に適正な入試をなさっていらっしゃると信じておりますが、実力一本で合格を目指して努力を積み重ねる家庭の子にも、光が当たる選考を是非ともお願いします」なんて学校まで出向く時もありますからねぇ、私。一番上の人を相手に。そういう時の私は心に「抜き身」を携えていますからね、「顕さん」ですよ。
高倉の健さん、39年前のパリのランカステーで、夜が更けてもなお語り明かし、教えていただいた矜持は私の背骨に通っています。そして母さん、教えを守っています。義を見てせざるは勇無きなり、ですから。



















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