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理事長通信

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人というのはアメーバのような半ゲル状の固体のようです。2018年11月14日

 人というのはアメーバのような半ゲル状の固体のようです。時間は姿かたちの変化を与え、内面も徐々に変わっていきますね。あなたも変わる、私も変わる、みな変わる。時間が人を変え、経験が人を変える。
 社会でだいぶ揉まれて、世の中の成り立ちが見通せるようになって、核になる部分は変わらなくとも、自分は随分と変わった。だれもがそう感じているでしょう。それを成長と呼ぶのでしょうか?
 友だち、というのは学生時代、何よりも優先して大切にしてきたことでした。学生時代の友人と、大人になった今でも交流がありますか?

 イギリスに旅をすると、街のそこここにあるパブが目に入ります。パリのカフェと趣が異なるのは、主役となる人の風景です。パリのドゥマゴとかフロールのような有名店は、近くに住むマダムか、場違いな観光客をよく見ます。有名店でなければ、近隣のパリ人の暮らしが見られます。
 イギリスは階級社会ですから、上流階級の人と中流階級の人と労働者階級の人がお互いに行き来することはあまりないようです。上流階級の人を街中のパブで見かけた記憶がありません。クラリッジズとかサヴォイとかのメンバー制のバーに集うのでしょうか? 中流階級というのは多くはホワイトカラーの人たちです。東京にも英国風パブはあるので、客層も似ているかもしれません。労働者階級はすなわちブルーカラーの人たちです。集うパブも、まったく気どりがない立ち飲みの店ですね。来ている服から人相から、違いは見て取れます。
 私は学生の頃、階層により色分けされたそんな景色を見ていると、複雑で腑に落ちない思いを覚えました。
 ところがですね、彼らにしてみれば、教育も違えば仕事の内容も違い、ひいては収入も違うお互いの階層が交じり合うより、同じレベル同士の方が気軽で気安くつき合えるというシンプルな理由があっただけなのです。それを発見したのは私が40歳を過ぎてからです。
 学生時代、昼に夜にいつも集ってはバカ騒ぎを繰り広げていた友人たちと、とんと顔を合わせていません。あの頃は、友だちが世界で一番大事だと思っていたのですがね。

 もともとは荘子の山木に出てくるエピソードです。孔子が隠者との会話の中で「君子之交淡如水、小人之交甘如醴」君子の交わりは淡きこと水の如く、小人の交わりは甘きこと醴(れい)の如しと語っています。醴とは甘酒のようなものです。立派な人物、君子の交わりは淡々としていて、それでいて親しみは深いが、小人の交わりは甘酒のように口当たりが良くてもべたべたとし過ぎ、それがもとで壊れてしまう。という意味です。
 人は社会的な生き物です。他人と良い人間関係を形成しないと同じ社会の中で生きていけません。若い頃は特に友人関係に非常に重く比重を置きがちです。ですからその反動で友人間での気持の行き違いやトラブルを、重く受け止めすぎ思い悩む傾向が強いものです。しかし真の友人とは常に一緒にいるより、ほどほどに保った距離がお互いをかえって引き立たせ、良い関係は長く続くものだと私は荘子の教えを解釈しています。友人とトラブルを生むほど濃い関係である必要はないのですね。

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