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理事長通信

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人には危機への察知能力に敏感か鈍感かという能力の差があります。2019年9月11日

 人には危機への察知能力に敏感か鈍感かという能力の差があります。狩猟をしていたころの太古の時代であれば、遠くに見える動物を、何としても今日仕留て持ち帰らないと飢えた家族がいよいよ危うい、なんて危機が迫る時に、相手と距離を縮めたつもりが逆に近づかれていて、おまけに自分よりも遥かに体が大きかった!こちらが先手を取らなければ自分の命が危ない、とそんなことがままあったわけですね。
 今は平和な時代ですから、ままあった危機の代わりにあるのは、ママが危ないなんてことです。

 「強く言わないと動かない子」というのは一定数います(大人だってそうじゃないですか)。そういう子にやさーしく、理屈を丁寧に説明して、気分を上げるようにじょうずに説得すれば動くのか? 動きません。そういう子には、外的な指令が必要です。まず耳からの情報として、ママは音声のヴォリュームとトーンを上げて、目からの情報としてママの表情が鬼のように変化して、それら心身の危機を感じて初めて動く、ということはよく見かける光景です。
 「そうなんです。そうでなければうちの子は動きません」というお母さまのお嘆きは深いと思いますよ。でも男の子なら普通ですよね。烈火のごとく怒る母を見て、「あ、そろそろやんなきゃだな、怖えー」ぐらいが標準です。すみません。私を基準に考えてしまいました。もっとみなさまのお子様は聞き分けが良くていらっしゃることと推察申し上げます。
 きっとみなさまのお子様は、「なにか、お忘れじゃない?」と穏やかな母の微笑みを見て、「あっ、まだ今日のお手伝いをしていなかった」と気づきますものね……。(ホント?)

 叱らなくていい子育て、といった耳障りの良い大ウソがはびこっている時代に、叱ってもいい子育てを提唱するのも、時おり外野がうるさいものです。
 だいたいわかったようなことを言う、物分かりの良さそうな大人って、わが身に降りかかる火の粉と責任は絶対にかぶらないし負わない、というタイプの方が多いように思います。従前の不明を恥じて自らの発言を撤回し、すっぱりとお詫びする人って、実社会で見ませんでしょ? その割には、企業のトップや議員といった、いわゆる社会的立場の高い人が、嫌々ながらお詫びのつもりで不本意に頭を下げて、さらに不用意な言い訳を言ってさらに世間が炎上することばかりでしょ?
 肚にもない事を言うからですよ。自分の言動や哲学に信念があるなら、認めるべき非があるなら認めてスパッと謝罪すればいいんです。あるいは非がないのなら黙して語らずでコメントを避けるのでもいいと思います。哲学をもって自分の人生を歩んでいるなら、そうそう人の意見に惑わされるものじゃありません。その場を収めるために表面だけ取り繕って詫びる行為を「営業謝罪」と私は命名します。でもそういうのって、すぐに世間に看破されますからね。結果的にはしないほうがよかった。するならちゃんとすべきだった、と人品まで芳しくない評価を下されたなんてことになりますからね。
 失敗というのはだれの身にも起き得ることです。多くの人は日々、自らの悪癖と闘っています。悪癖が法的に問題があるならば是非に議論の余地はありません。しかし人は世の価値観の多くにグレーゾーンを設け、その運用のし方こそが人の叡智を量る指標となっています。慶応会の204教室はもはや懺悔室ですよ。
 天網恢恢疎にして漏らさず、と昔はよく申しました。知らず知らずに犯したる罪、というものもあります。私は神との契約で自らを律する以外にないと思っています。
 ですから、「はいっ!喜んで『合格できる願書』を書きます。たっくさん書きます。去年は300校書きました。今年も会員さんのお役に立てるように邁進します」とこれぐらいでちょうどいいぐらいでしょうか? 足りないかな。

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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