理事長通信090304山岸顕司
私が大事にしているポストカードがあります。フィラデルフィアから昨年の夏に届いたカードで、差出人はR君。幼児英才教室OBで小学2年生の男の子です。医師を務めるお母さまが小児科学会で研究論文を発表するためにかの地を訪れ、彼がサマースクールに参加していた様子がわかりました。カードを広げた右ページには、大きく私の絵が描かれています。私の頭のあたりからはもくもくと吹き出しが出ていて、左ページに飛んだ吹き出しの中にR君が机に向かっている姿があります。おもしろい絵だな、ふつうなら自分の顔が大きく描いてあって、吹き出しの中に私のことを描くのではないかなと感じました。私があっと声を上げあることに気づき、不覚にも涙が噴き出したのは次の瞬間でした。つまりR君は、顕司先生はいつもぼくのことを考えていてくれる、彼はそう信じていてそれがそのまま絵になっていたとわかったからです。
R君の人となりを説明しますと、まず彼は頭がいい。体が大きい。声がでかい。よく食べよく運動をする、とまあ男の子としては理想的なタイプのひとつを体現しています。おまけにじつにやんちゃ坊主で、母の言いつけなど決して守らない。父の一喝があるまではわるさが続く。そのやんちゃぶりは母が第二子の妊娠をあきらめるほどであった、というのも愛嬌のうちだと私は思います。この年頃の男の子が、母の言いつけはよく守り、先生の手も焼かせない。宿題も自分からきちんとやりますといった子であったなら私は将来が心配です。母の言うことなど聞きませんぐらいで男の子は順調に育っていると私は思います。ただしR君は若干乱暴なところがあるようで、お友だちに対してたびたび手が出てしまい、それが原因で幼稚園では「困った子」という扱いを受けているらしいことがお母さまとおばあちゃまから漏れ伝わりました。確かにすぐに手が出るというのは活発な男の子によく見られる困った習性で、それも程度問題ですが、R君にはそんな一面がありました。慶応会のレッスン中も先生から今なにをしなくちゃいけないのか、なにをしたらいけないのか考えなさい!と厳しく叱られるときがあり、そんな時はしまったという顔になり、彼はしばらく反省しています。ただ長くは続かないだけで、一応そのつど反省はします。そういったR君が何を考えているか、私にはよくわかります。かつて私が経験した思いそのままに、彼は居場所のない思いをしているはずです。
孫の困った状況をお嘆きのおばあちゃまにその話をさせていただくと「この子にも家族以外で世界中にひとりだけ、理解していただける方がいらした」と喜んでいただきました。子供時分を邂逅するにつけても、私からするとR君はわが身を見るかの思いで非常に近しい存在です。私もまったく同じでしたとお伝えすると、おばあちゃまから「ほっといたしました。まあ理事長先生は更生されて立派になられて」とお言葉をいただき、私はイスから転げそうになりました。私が慶応会のやんちゃ坊主から支持をいただいているのはこのような理由からであり、子どもの長所を発見してそこを伸ばさなければ教育ではないという確固たる信念があり、したがって詰め込み授業が大嫌いで、ひいては慶応会の教育方針が多くのお父さまからも支持をいただけるのはかようなわけがあるのでした。後篇へ
理事長通信090311山岸顕司
慶応会には様々なご父母がいらっしゃいます。非常に社会的地位の高い方もいらっしゃれば、誰もが存じ上げる有名な方もいらっしゃいます。私はどなたも特別扱いすることなく接しておりますが(そんなことを気に掛けたらご父母に指導などできません)、受験も迫ったある秋の日のことでした。家系には代々人間国宝の方がおいでで、お父さまのお名前はだれもが知っているというご家庭の年長さんがおりました。それはもう見るからに日本の伝統美を継承し、将来を背負って立つことを宿命づけられた顔立ちの男の子です。その子のとなりに、やんちゃ坊主のR君が座っています。模擬試験で先生の指示を待つ間のことでした。R君は何を思ったのか突然となりのその子に向かい「パーンチ!」と言って顔面にげんこつをくらわせてしまったのです。その場に居合わせ目撃した先生は、目の玉が飛び出るほど驚きましたと衝撃を語るほど突発的な出来事でした。私たちはその子がだれであっても同じ対応をしますが、先生から血の気が引いたのは「将来の人間国宝のお顔に傷が・」ということもあったでしょう。目が赤くなり、少々はれてしまい、安全管理が行き届かなかったことに申し訳ない思いをしましたが、幸いけがなど大事には至りませんでした。こちらのお母さまが平素より大変できた方で、私が事情を説明した際も「いいえ、子ども同士で起きたことですから」と意にも介さぬように穏やかに終始微笑んでいらして、帰ってきたわが子に状況を問うわけでもなく、いつもとまったく変わらないようすでいられたのは見事でした。「日本男児を育てる母」の対応で、その面でも伝統を継承されていました。
さあ、R君はすぐさま別室に連行です。これはもう問答無用です。そして私の登場です。お母さまも即刻お呼び出しで、ドアを開け放した部屋の向こう側で私とR君のやりとりをしかとお聞きいただきます。私はR君の顔の前でこんこんと話しました。R君が頭のいいことを私はよく知っている。ふだんは友だちと楽しく遊べることも知っている。友だちに困ったことが起きたら、声をかけて助けてあげるやさしいR君のことも知っている。だけどさっきのR君がしたことはなんだ!意味もなく友だちに乱暴なことをしたら、どんな人だって君のことを嫌いになってしまう。学校の先生だってそんなR君のことを、乱暴でいやな子だと思ってしまうかもしれない。顕司先生はそんなことになったら悲しい。これから11月にみんな試験を受けて、お友だちは立派な小学生になれるのに、R君だけが「いやな子だな」と思われて、どの校長先生からも合格通知をいただけなったら顕司先生は本当に悔しい・・。そういったことを私は本気で伝えました。私の前では決して涙を見せなかったR君でしたが、横浜の自宅に帰る電車の中ではずっと泣きっぱなしだったそうです。その理由は「いつもぼくの味方で、ぼくのことをちゃんとわかってくれる顕司先生に悲しい思いをさせた」からでした。そして「だからもう乱暴なことはしない」と決意宣言があったそうです。私はR君に真意が伝わってうれしかったです。大人に怒られたから直すのではなく、人に叱られるのが怖いからやめるのではなく、子どもは自分の大切な人のためにはがんばれるのです。そこに向上心があるからです。子どもの心に魂が入れば、その時点から子どもは大きく成長します。慶応会は良い教室だなあ。なにが良いって理事長先生が優等生出身でないことだな。
理事長通信081119 山岸顕司
秋が深まり街並みの木々が黄に赤に葉の色を染めるころ、私も小学校受験のお母さまたちと心を同じくして顔色を青ざめたり紅潮させたりしています。結果に一喜一憂することなく、平常心でいられる達観した日が訪れるのでしょうか。慶応会60名の会員生徒さんは本当にがんばってくれています。まだ12月末の筑波小の発表までは予断を許さず、我われの応援もその手をたゆませることはありませんが、区切りとなる慶応義塾幼稚舎は合格者への入学手続き書類を配布し終えました。会員受験者42名中13名が幼稚舎合格です。なんと3.3人に1人が東中野のこの教室から合格してくれました。13名の合格は創立以来初の数字であり、もちろん新記録です。早稲田実業初等部も補欠の繰上り合格が確定していませんが例年通りの合格者を生んでいます。暁星、白百合、聖心、立教、桐朋、国立学園、学習院、成蹊、宝仙、聖徳など小学受験の超一流校に40名以上の生徒さんが合格しています。全員合格まであとわずかです。合格者数もさることながら、合格率の高さは今日本で一番と胸を張っても嘘にならないと思います。慶応会は来年創立40周年を迎えますが、この不況下に華美な祝典をもってせずとも、生徒さんとご家庭に訪れた幸せが慶応会の歴史に最高の花を添えてくださいました。努力でしか得られない崇高な花です。慶応会にとってそれが一番の記念となります。生徒さん、お父さま、お母さま、心よりおめでとうございます。そして私についてきてくれる先生方、事務スタッフ全員にごくろうさま。ありがとう。
今年送り出した年長児全員、なかでも箱根での合宿で寝食を共にした一人ひとりとの思い出が頭を駆け巡ります。エピソードや列伝にも事欠きません。名古屋から通った生徒さんの早実初等部での面接はこうでした。なにか生き物を育てていますかという面接者の質問に、僕はしいたけを栽培しています。苗木の丸太に穴をあけて菌を植え付け、湿度を管理しながら栽培し、観察絵日記を付けました。育ったしいたけはお母さまと一緒にほうれん草のバター炒めを作って食べました、と知性をきらきらさせた目で答えました。この子を入学させなければ学校が損をすると大向こうの校長先生もうなりそうな状況です。結果は慶應・早実両校から合格通知をいただき、生活体験豊かに育った英才児の面目躍如となりました。10月末の行動観察・表現力特訓の最終回には毎年、心をこめてお母さまに日ごろ伝えていない感謝を言葉で表現する日があります。台に登ったある生徒さんが、「お母さま、いつも・・・」と口火を切り、やさしく頷きながら見守るお母さまと目が合った刹那、すべての言葉を失って大きな瞳からいく筋もの涙が滝のようにあふれ出してしまいました。でも、途切れがちの言葉でよく聞き取れない中、ありがとうという最後の言葉だけはしっかりと届きましたよ。あなたは豊かに感受性の育った素晴らしい人です。この子たちには確かに品格が身についていると思います。自分の意見をしっかり主張することができ、お友だちの言い分も聞き、譲るべきところは譲ってあげることができる子たちです。人間関係の最も大事なことも身につけました。慶応会で育つ子が小学受験を通して得たものはたくさんあります。中でも人として持ち得る非常に大事なもの、身についた品格は、その子が大学生になっても、30歳、40歳を過ぎても、それこそ生涯を通して彼らを支えてくれると私は確信しています。これから先もずっと応援してるぞ!
理事長通信081210 山岸顕司
自らの経験からしか学ばない人を愚か者と呼ぶ、とは誰の言葉だったでしょうか。賢者は歴史から学ぶとも言います。私は科学的実証のなされたものでも、自分なりにもう一度、健全な懐疑をもって検証してみることがあります。否むしろ直観的にすぱっと信じられることのほうが正解に至る確率が高いように感じます。先日、慶應幼稚舎の合格発表の時、私は高尾山に登り、薬王院で護摩をたきみなの合格を祈願していました。生徒さんと親御さんに対しては、すでに科学的に行うべき、考え得るすべての実践は成しています。あとはもうオカルトにすがるといった(冗談まじりですので)ことしか残されていません。困った時の神頼みはだれもが行うことでしょう。
霊感などまったく持たぬ私ですが、魂と魂がお互いの思いをつなぐような不思議な体験をしたことがあります。数年前私はある人の勧めで、しばらく訪れていない本家の墓参に出かけました。ちょうど多忙を極める1月でしたが思い立ったが吉日と思い、中学入試の始まる直前に一日だけやりくりのつく日を捻出して出かけました。築200年に迫り、文化財に指定されたおかげで釘一本も打てず、暮らしにくくなったという本家の座敷で囲炉裏を囲み昔話に花が咲いていた時です。祖母の訃報に小学校を早退し、そのまま父とともに特急に飛び乗った日の記憶がよみがえりました。国境の長いトンネルを抜けると雪国であった、で始まる川端康成の名作をほうふつとさせたようなその時の景色も、終始無言で静謐だった父の横顔も鮮明に思い出します。ちょうど冬だったがあれが何月何日だったかと記憶をたどり、それが判明した時、場に居合わせた親戚がみな不思議な体験に顔をほころばせました。だれの記憶からも漏れていたのですが、私が訪ねたその日が、祖母の三十三回忌その日だったのです。急きょ菩提寺のご院主さまに読経をしていただく運びとなり、慌ただしい法事を済ませることもできました。その日以来、お顔を見せにいらっしゃいとおばあちゃんが呼んでくれたという思いはあったかに続いていて、いつでも胸から取り出せるほどです。夏休みにしか会えない祖母でしたが、祖母は毎日、私の写真を飽くことなく日がな一日眺めて過ごしたものだったとかねてより伯父に聞かされていました。その年以来私は毎年、父が過ごした故郷へ祖母に会いに出かけています。一年の報告が楽しみです。そして昨年からはひ孫も一緒です。
先日TDLに出かけた折、私は寒風吹きすさぶ中、娘を抱っこしながら夜のパレードを眺めていました。連なる電飾の華麗さよりも、華やいだ踊りや音楽よりもなによりも、娘と頬をくっつけて同じ眺めを見ていられることに心を打たれました。おばあちゃんありがとう。胸いっぱいの感謝を伝えたくて、娘を抱き上げたその腕で窮屈に手を合せ、空を仰いでみました。この世の果てにある天上の世界の祖母に見えるように。しかし私は娘の瞳に映る光の帯を眺めているうちに、確信したような非常に強い思いをその時得ました。今、自分が見ているものは祖母も見ている。思いがつながっているからこの光景は祖母も見ている、天上からでなく私の眼を通して、と直観したのです。頬をこわばらせるほどの寒風をすっぽりと包んでしまうような、暖かな夜でした。柄にもない話をいたしました。
理事長通信081217 山岸顕司
少子化傾向の続くなか、一方では仕事も出産もがんばるというお母さまも増えています。子育てでキャリアを中断することなく両立できるように、まずは保育施設の充実といった社会的な支援がより成されることを望みます。新しい命こそ国の宝です。小さな子どもが家庭の中にいるということは、いつも笑いが絶えないということですね。高度経済成長のころ、その先に訪れる今よりも幸せな日々をすべての日本人が信じていたと私は思います。家の中心に茶の間があり、家族皆が顔をそろえ、食事も団らんもみなそこから始まりました。子どもが個室を持てるなど想像もつかない時代でした。各家に風呂がなく、近所の人が銭湯で顔を合わせることがごく普通の時代でした。生活面はすべて改善され、物質的な欠落が何も見当たらない時代であるにもかかわらず、どういう社会に我われが今を生きているかを考えると、個人の幸福度を検証することも虚しいような社会情勢です。幸せというのはあまり科学的な話ではありません。しかし心の持ちようの話ですから科学で反証することも難しい領域の話でもあります。
アジアの国を旅すると人々の暮らしに宗教が根付いていることを実感する光景に多く接します。神様にお供物を供えるために作る行列に出くわすこともあります。そのお供物も毎朝、新たに草を編みかごを作り、その朝採集した果物を載せ、大変な作業を毎日繰り返して神と向かい合います。また托鉢の修行僧が持つお椀に一握りの米を注ぎ、手を合わせる子どももいます。そういった村落の子どもたちには必ず笑顔があり、瞳には光があります。生活水準の高低を問う前に、この暮らしには安穏と幸福があることに疑いを持たせない生きた表情があります。神仏と一緒に暮らしている生活ぶりにそれがうかがえます。今の時代、日本人の心から明らかに低下、もしくは欠落しつつあるのは信仰心だと思います。一家の核をなす主人が一目を置かざるを得ない人、すなわち主人の母ないし父が家庭から消えて久しいことが主たる原因でしょうか。家族の構成員に信心に厚い人がいなくなると途端に宗教的な儀式の機会が減ります。仏前あるいは神前で手を合わせる人がいなくなると、それに倣う人がいなくなります。目には見えなくても、なにか大きな存在があることを信じ、敬うところに敬虔な気持ちが生じます。その精神性が家庭の基盤となります。家の文化が継承されなくなることは極めて重大な危機です。積み重ねていくものがないと、その家は常に初代で次の代もまた初代の暮らしぶりになります。何代重ねても初代では系譜が形成できません。
日本人がかつての信仰心を回復しない限り、総体としての日本の国力が回復することはないと私は本気で信じています。戦争が終結した後、多くの国が復興し、国力が以前よりも高まるのは、戦時中に国民が心の底から神や仏に信心するからだと思います。失礼ですが、どちらかの教団の教えでしょうかなどと不審がられる前に抹香臭い話は終わりです。私の信仰は我流です。そう言えば会長先生が昔、家での暮らしを回想する折に、母親から繰り返し信心の大切さを説かれて辟易したそうです。「なにかっていうとすぐに仏様の話になって、そのたびに『ちぇっ、またナンマンダブか』と思ったものだよ」という言い回しまでもがお念仏化して私の耳に定着しています。
理事長通信081224 山岸顕司
今年締めくくりの幼児英才教室、2才クラスにて。S先生が黒板に牛の絵をマグネットで止めました。「この動物はなんというでしょう」。2才の生徒さんたち「うしさん」。「そうですね。では、牛さんはなんと鳴くでしょうか」。元気なS君が手を挙げて「ジュージュー」。S先生「・・・それは、だいぶ最期のほうですね」。2才さん、笑わせてくれます。笑いは明日を切り開いていく突破口です。もっと言うなら、笑いこそが今日を生き抜くために必要な活力を発電してくれます。
友人の公認会計士から聞いた話です。顧問先のとある老舗企業で、最期の決算報告になろうかという会議でのことです。先代社長の自宅で、若社長と夫人など一族の役員が集結しています。当年度の決算を検討しても、財務諸表を突き合わせても、有利子負債を解消できる見込みはありません。自宅の権利書も銀行に取られています。A銀行がすでに権利書を奪ったことを知らないB銀行の支店長が権利書を寄こせと矢の催促をしてきます。友人の会計士は独立する頃から世話になったこの一家の窮状をなんとか救いたいと心から願うのですが、銀行からは追い打ちをかけるように貸し剥がしにもあい、有効な手立てを打つための新たな内部投資もできず、会社として打つ手がありません。建設会社ですが、作業中の現場でクレーン車が倒れ、近隣への補償問題までも起き、不運もたたり八方塞がりです。会社の存続はおろか、このままではあと数カ月で抵当に入れた自宅も社屋もなにもかもすべてを失って、一族は身ぐるみを剥がされ、従業員は会社と仕事を失うという現実がやって来ます。会議は終始非常に重苦しい雰囲気で、硫化水素が足元から上がってきて、もう数分で口元まで届こうかという頃でした。先代夫人が「もうこれ以上考えていても埒が明かないから、おいしいお寿司でも食べましょう」と鶴の一声の下、特上の寿司が振る舞われたそうです。食卓を囲んだとたんにその場の雰囲気が一変し、一気に盛り上がり小宴会の如く笑いがあふれました。会計士はこの支払いすら心配で寿司を味わう余裕もなく、先代を始めとしたまわりの人の笑顔を見渡し、こんな状況下でよく食事がのどを通るなあとつくづく感心したそうです。
話の後、もちろん私は友人に尋ねてみました。「で、どうなったの、その会社」。「あれからもう4期か5期、決算を重ねてるよ。持ち直したんだよ、やっぱり。底力があるんだよ、あの人たち。だってあの状況でがんがん食べられるんだから」。固唾をのんで耳を傾けていた私は話の顛末に溜飲を下げるとともに、非常に納得しました。食べることと笑うことは、やはり生き抜く原動力だと胆に収まりました。そして忘れてならないのが信心です。自分が今生きていることを思う時、父母や祖父母の存在を意識せずにいられません。その先にも果てしなく続く命の連鎖があります。そして自分が生かされているこの地上のすべての生命に思いが至り、宇宙の起源へとつながります。だれがこの世を創造したのか、永遠に解き明かされることのない大きな存在を意識し、偉大さの前でこうべを垂れると、自然と湧いてくる感謝の気持ちで心が満たされます。その謙虚さが平素の自らを支えてくれます。来年初回の理事長通信では、学校でも職場でもどこででも、絶対にいじめられない方法をお伝えします。いじめをなくすとはできなくても、いじめられない積極的な生き方で、人生を大きく生きていくことができる方法です。
理事長通信090106 山岸顕司
新春を寿ぎ、生き抜くために絶対にいじめられない方法をお伝えします。
1その一。古い友人の家に、新築祝いを兼ねた新年の集まりに招かれました。完成したばかりの家には新しい木のにおいがたちこめているものですが、そのお宅は外も中もすべてが大理石張りなので、最初から年月を重ねたような重厚さがあります。しかしそういった邸宅よりも何よりも素晴らしいのは、その家の二人のお嬢さんです。ファッションは今どきの高校生と中学生です。よそ行きで格式ばった硬さがあるわけではありません。しかし客を迎える笑顔の屈託のなさ、礼義正しさや言葉遣いの的確さ、明るい表情と態度、客と小さな幼児への気配りの細やかさや必要なサービスの素早さなど、どれをとっても満点以上です(学校では結構やんちゃでクラスメートからは番長扱いされているそうですが)。どうすればそんな子に育つのか、私としては聞かずに素通りすることなどできません。答えを要約すると、愛情を持って厳しく育てる、でした。お母さまの子育て哲学はこうです。子どもはかわいがられる方が絶対に得である。社会に出ても先輩や上の人から引き立ててもらうには、人間としてかわいい方が有利に決まっている。少なくとも敵を増やしてでものし上がるよりは、はるかになだらかな人生が歩める。そのためには人に対してどう接するか、あいさつや礼儀や言葉遣いなどは場に応じてできて当たり前、相手の気持を忖度する、自分がしてもらいたいように相手にして差し上げるなど、生きていく上で必要なスキルが身につくように、親として厳しく繰り返し教え続ける以外に方法がない。教育に王道はない!至言。
その二。慶応会では心の教育に特に力を入れています。幼児英才教室で学ぶ幼児たちに身につくもっとも大事なものは何かと問われれば、私は少しの躊躇もなく答えます。それは品格です。たとえば、自分の言いたいことはしっかりと主張することができ、同時に友達の言うことにきちんと耳を傾け、譲るべきところは譲ることができる子に育つことです。人間関係を築く上でもっとも重要なスキルが6才で身につくのです。この美徳は生涯に渡りわが子を支えてくれるはずです。
その三。私は少しばかり茶道の心得がございまして(意外な人が思わぬ分野に造詣をもっていることがままあるもので)とある裏千家高弟の最後の直弟子でございます。その教えに「淡交」という言葉があります。もともとは荘子の山木に出てくるエピソードで、孔子が隠者との会話の中で「君子之交淡如水、小人之交甘如醴」君子の交わりは淡きこと水の如く、小人の交わりは甘きこと醴(れい)の如しと語っています。醴とは甘酒のようなものです。立派な人物、君子の交わりは淡々としていて、それでいて親しみは深いが、小人の交わりは甘酒のように口当たりが良くてもべたべたとし過ぎ、それがもとで壊れてしまう。人は社会的な生き物です。他人と良い人間関係を形成しないと同じ社会の中で生きていけません。若い頃は特に友人関係に非常に重く比重を置きがちです。ですからその反動で友人間での気持の行き違いやトラブルを、重く受け止めすぎ思い悩む傾向が強いものです。しかし真の友人とは常に一緒にいるより、ほどほどに保った距離がお互いをかえって引き立たせ、良い関係は長く続くものだと私は荘子の教えを解釈しています。友人とトラブルを生むほど濃い関係である必要はないのです。
理事長通信090113 山岸顕司
前回の絶対にいじめられない方法1を要約します。まず、人間関係をきちんと結ぶためのスキルが身についているか。自分には落ち度がないか確認せよ。これは独善的にならない戒めです。さらに言うなら「世渡り上手は身を助く」です。
第二に、主張すべきは主張し、聞く耳を持ち、譲るべきは譲れ。主として言われっ放しにしないことが大事です。特に人から心外なことを言われた時に、不当な言われ方を指摘せずそのままにすると人間関係の強弱を容認したことになります。たとえば侮辱を受けたままやり過ごすと次からも相手が強く出てくるようになり、3日も続けばその人間関係から抜けられなくなることがあります。こちらが一人で相手が複数である場合は特にそうです。往々にしていじめを始める人間は一人ではなく、取り巻きを従えて、または徒党を組んでから始めるものです。最初が肝心。不快なことを言われたら不快だからやめろと言うだけで、不当に押しつけられた人間関係を元の位置まで押し戻せます。勇気が要る行動ですが、言い返してすぐにその場を離れ、それ以上の展開を避ければ良いです。
最後に、他人との交わりは節度をもって淡白に、です。社会の中で孤立するのもいけないが自分を失くすほど集団に帰属するのも考えものだと私は考えます。いじめグループの末端にいる小心者は口を揃えてこう言います。「いけないとわかっているけれど、一緒にいじめに加わらないと今度は自分がいじめられるから」。昭和の中期までは残っていた表現で評しますと、そんなやつは根性が腐っている!一方いじめられるネガティブスパイラルにはまった人は、まず原因を自覚できません。今現在いじめられている人は本当に気の毒ですが、深刻な内容であるなら専門家の助言を聞き、環境を変える選択肢を考え早くそのスパイラルを絶つのが得策です。環境を変え、一から仕切り直すほうが現状を改善するより簡単な場合が多いです。全般的にいじめられない方法1は、どちらかというとディフェンスです。しかしサッカーで完全にディフェンスを固めらたら、なかなかゴールをこじ開けるのが難しいのと同様に、前述三点を固めれば、いじめられる要素はほぼないと言えます。通常ならほとんど防げるはずです。
絶対にいじめられない方法2。こちらはオフェンスです。こちらのほうがはるかに簡単です。なぜなら本人が主導権を握っているからです。極めてシンプルな話ですので拍子抜けしないでください。自分に力をつけることです。人から一目置かれるような人物はいじめに遭いません。あいつすごい、と評される人物が(本人の性格もあるので、いじめる側にまわることがあったとしても)いじめられたという話は寡聞にして聞きません。たとえば学校で言うなら体育系の部活で一本目(一軍)の選手。勉強ができる生徒(一科目だけ抜群にできるという人も資格は十分)。アート芸術系、音楽系で才能を発揮し、抜きん出た技量や作品を学園祭やコンテストで発表する人物。滅法喧嘩の強い正義漢。特段に弁の立つ頭のいい人物、等々。そういった人物はいじめの対象になりません。ただしこれは絶対にいじめられない方法1に関連しますが、人より優位に立っていることを鼻に掛けたり、傲慢だったりするとたちまち孤立する状況を招きます。
理事長通信090120 山岸顕司
自分に力をつけることが最も自分を守り、絶対にいじめを受けない唯一の方法です。もう一つあるとするならば、誰の目にも止まらない、いじめる意欲も湧かない、存在のない人として生きることです。しかし、だれかこのように生きたいと願う人はいるでしょうか。この拙文は、向上心が旺盛な人の心にしか届かないはずですから正攻法だけでお伝えしましょう。
あいつはすごい、と人から一目置かれるような人物はいじめに遭いません。どうすれば「すごいやつ」になれるか、まず自分の好きなことを見つけることです。次に得意にすることです。得意になるほど高めるには努力が要ります。時として膨大な努力をし、体力気力ともに注ぎ込まないと成果を生まない場合が多いです。しかしだれのためでもない、自分のためになるのだから、指導を受けるのであれ、練習するのであれ、勉強するのであれ、実行する以外に自分を高める方法はありません。忙しいだの時間がないだの大変そうだの他にやりたいことがあるだの文句を言っている猶予はありません。あらゆる分野で成果を出す人たちの低年齢化が進んでいます。本来大人のスポーツであったはずのゴルフも、プロとして活躍できるのはジュニアの時点でその先に目標を置いて努力を重ねた人ばかりです。早くからスタートした人にはなかなか追いつけない状況になっています。
自分の力で、全力で走れる期間が40代半ばまでであるとしたら、その前半の人生はなにをして過ごすのか。寝ている時間を除けば学校で過ごす時間が一番長いことに気づいてください。学校で居心地よく過ごす最高の方法は、成績で上位4分の1以内にいることです。陸上競技で学校代表として大会に出場する、サッカーのエースストライカーだ、ピアノやヴァイオリンはたまたギターの演奏が得意、でもかまいません。しかし、先生からも同級生からも親からもだれからも注文をつけられないのは教科成績の良い生徒です。それには一教科で良いから好きな教科でまずクラスの上位4分の1を目指すことです。次にベスト3、その先はクラストップ。さらに学年ベスト3、そして学年1番です。学年1番という晴れやかさは本当に気持ちがよく清々しいものです。なんとしても得意教科をもつこと。その目標が遠いならば、一番嫌でない教科に着目し、好きになる努力をしてください。目標を完遂するには計画が必要です。計画し、実行し、成果を測り、トライアンドエラーを繰り返すことで最初に分かるのは自分のことです。なにが自分に向いているのか、自分が好きなことは何なのか、自分は何に感動するのか、自分とはどういう存在なのか、さまざまな機会の横を素通りせず挑戦することです。自分探しの旅に出るより、地に足をつけた自分が見つかるはずです。だいたい挑戦し続けている人はパワーを周囲に発しているものです。そういう人が周りから見ると輝いて見え、自然と一目置かれる存在となっています。アメリカを代表する基幹産業である自動車メーカービッグ3がなぜ衰退したか。理由の一つは労働者の基礎学力低下にあるという説があります。基礎学力が低いことと意欲が低いことは連動します。これを反面教師として、自ら意欲を生むことから始めましょう。顕司先生がこんなことを言っていたなぁと記憶に留め、試しに実行してください。基礎学力は絶対にあなたを裏切りません。
理事長通信090127 山岸顕司
絶対にいじめられない方法を書き連ねておりますが、これにはきっかけがありました。幼児英才教室で送り出した年長児は今年の4月から晴れて小学一年生になります。もちろん入学試験は昨年11月、最も遅い筑波小でも12月末には終わっていますが、ご家庭に最終的な合格連絡が入るのは今が最終期のピークでもあります。今年に入って繰上り合格の連絡がご家庭に続々と入っており、なかには不合格だと思っていた第一志望の学校から合格の連絡をいただき、天に舞い上がりそうな方もいらっしゃいます。なぜこのように連絡が遅いのかを解説しますと、複数の学校から合格をいただいた方が進学校を決めかね、複数の学校に入学手続きを取りつつ越年されるからです。ようやく進学校を決め、辞退する学校に連絡し、学校は繰上りを次の補欠合格者に伝えるという流れです。そんな中で、複数の学校に合格しつつ悩み深いご父母から相談を受けました。それが冒頭の伏線となる、いじめのない学校はどこでしょう、というご相談でした。
私は答えに窮ししばし考えこみました。ご父母のご期待に応えられるよう、すぱっとした回答を出したいところですが、私が正直にお答えできることはその真逆のことだからです。言うならばいじめのない学校などありません。どんな環境であれ、そこが人の集うところなら、人と人がぶつかり合う軋轢が生じないわけがないのです。それが対立に発展し表面に出ればけんかとなり、潜航すればいじめとなります。(万一いじめが校内で起きた時、積極的に先生が対応するという学校であれば問題は少ないと思います。わが校ではいじめは起きませんと存在を否定する学校があったならそれは問題があると私は判断の基準にしています)身体と精神の修練の場として最適と思われるような大学体育会でさえ、いじめが起きるときはあります。それがいじめに当たるのかしごきに当たるのか境界線がはっきりしない場合が多いですし、いじめに遭っている当事者がプライドをかけて、これはいじめではないと自らに言い聞かせ耐えている場合もあります。いじめが多くの場合そうであるように、なにをもっていじめと言うのかと言い出せば一向に境界線が引けません。はっきりしていることは、強い者と弱い者が同じ集団の中にいるどこででも起き得るということです。ましていじめを避けて学校を選び、いじめに遭うことを警戒して上目づかいで周りをうかがう子がいたとしたら、まず真っ先に標的になりそうです。いじめはからかいから入ることがあります。からかわれそうな様子の人は標的になりやすいものです。子どもこそ正確に社会を観察する目をもっていますから、いじめないでいじめないでと懇願する目がそこにあったら、それをおもしろがっておもちゃにしないいたずらっ子はいないと思います。少なくとも臆病な子は構われたらそれをいじめと感じるはずです。わが子をいじめられっ子体質に育てないように親からの教育が必要です。
そこで考えるべきが自衛です。自衛には文字通り守備的自衛と積極的自衛があるというのが前回までにお伝えしたことです。わが子に伝える愛情は、抱きしめる愛情と突き放す愛情とふた通り、両面が必要です。その結果わが子は常に、自分は愛されている、必要とされているとプライドを強く持てるように育っていきます。もっとも大事なことは「自分を愛せる子」に育てることです。
理事長通信090203 山岸顕司
自分を愛せる子は強い存在です。大器晩成という言葉があります。やさしい言葉だと思います。幼い時分の今は親が期待したほどではないが、先々は立派に成長してくれるだろう、いやそうであって欲しいという周囲の願いが込められているようです。ところが期待されるほど応えていないことを一番良く分かっているのは当人の方で、ときおり怒りを通り越し、親から諦められたような目で見られたり、溜息をつかれたりしながら成長するのはつらいことであるはずです。小さいころのコンプレックスをばねにして、大人になって大成した人というのは努力を重ねて自分を受け入れた人です。だからその強さが本物なのです。プライドは強く持つものだと私はいつも言っています。強いプライドは折れることがありません。しかし高く持ったプライドは安易にぽきっと折れてしまうことがあります。途中まで順風満帆に成功していながら、傍から見ればささいな失敗で挫折してそれっきりになる人がいます。プライドを高く伸ばした結果に哀れな結末を見ることがあります。そこへいくと逆境が先にあった人が臥薪嘗胆の末に自分の生き方に自信を見出して伸びたときには勢いがあります。葛藤を克服した末につかんだ自信は強いはずです。自分の長所も短所も十分に把握し受容しているはずです。人は自分を受け入れらないまま成功することなどできません。それを支える力が親から受けた愛情です。
親が子どもに対して伝えるべきメッセージでもっとも大切なものは、あなたを愛している、あなたがとても大切な存在だということです。信頼関係の基盤はここにあります。わかっているという方の多くは、頭では分かっているけれど実践は成されていないという状態です。親は子に生き抜く力を身につけてやりたいと願うものです。ですから母親は特に、わが子が同学齢の子に比べ遅れている、劣っていると感じる部分に非常に危機感をもつものです。その結果わが子への小言が多くなります。わが子は自分でもそれが今自分が抱えている短所だと気づいていますから、その小言は身にこたえます。幼児英才教室で開発したアートアカデミー教室では、レッスンの最後に今日作った作品をみなの前で手に掲げ、自分の言葉でその内容を発表する時間があります。そしてみなの拍手を受けて今日の授業は終わりという運びです。充実をかみしめ自信を胸に、すっきりとした気分で終わるレッスンですから、回を重ねるたびに絵や制作が好きにならないわけがないというしかけがちゃんとあるのです。ここで重要なことは、そのあとお母さまの所に戻った時、決して作品を批評しないということです。とにかくほめる。ほめるということはわが子の存在を認めるということです。これは作品で完成品なのです。「もうちょっと人が大きく描けてたらよかったわね」とか「いつも3色か4色しか使わないから、青と深緑のクレヨンが減ってないじゃない」とかケチをつけてはわが子の晴れがましい気持ちが台無しになってしまいます。家での生活も同じです。わが子に絵画制作を嫌いにさせたいと願うなら、作った作品に注文をつけることです。なにしろ絵を描けば母親に怒られるのですから、間違いなく大嫌いになります。母も制作の途中で参加して、一緒に絵を描きながら人物を大きく描いたり、クレヨンの色を足したりするのはかまいません。しかし出来上がったわが子の作品を親が大切に扱えないとわが子の情緒は安定できません。
理事長通信090210 山岸顕司
親が求める目標に、能力的に子が達しないことを叱ると、これは親子関係に禍根が生じます。子どもは親に対し、いつも理解されていたいという欲求があります。自分の考えること、することを親には理解してもらいたい。つまり全面的に自分の存在を受け入れてもらいたいという欲求は強いものです。自分は親に批判ばかりされて受け入れられない、という思いは形がはっきりと認められるものではなく混沌としたものです。「受け入れてもらえない」という抽象概念を言葉で表現することはまだできません。おそらく10代では自分の気持ちを言い当てる状況分析はなされないでしょう。だから子としては、そのわだかまりをただ荒れるという表現でしか伝えられない、ということがあると思います。自分がありのままの自分の姿でいると非難されるというのはつらいことです。もっとも善悪の判断がつかない時期に悪いことをしたからとか、危ないことをしたからとか、生活習慣でだらしないとか食事のマナーが悪いとか、約束の時間までに帰宅しないとか、そういったしつけについて親が叱ることをひるんでいては教育になりません。親の愛情には抱きしめる愛情と突き放す愛情とふた通り必要です。どちらも重要で教育の両翼なのですが、ほめて育てるというスローガンを勘違いした親による「子を叱らない教育」の弊害で、困った子とモンスターペアレンツという新種が増殖し一部で社会問題になっています。
私がいつもお母さまにお願いしていることがあります。それはわが子に対し「結果をほめない。努力を誉める」ようにしてくださいということです。私は生徒さんが合格報告に来てくれたときにかける言葉はいつも、おめでとう!よくがんばったね。えらかったね、といった当たり前のことですが、付け加える言葉があります。私は君が志望校に合格したからほめているわけじゃない、ずっとずっと君が努力を続けてきたことをほめているんだよという内容です。家庭内であればなおさらです。できたらほめる、できなかったら叱るでは、結果が悪かった時は失敗した上に親から叱られることになります。終始ほめられることがありません。そうすると子どもはどういう風に育つか、失敗を恐れる子に育ちます。それは当然のことです。成功すればほめられて、失敗すれば叱られると刷り込みが出来上がったら、挑戦する子にはならないのです。自分のできることしかできないししない。新しいこと、未知のことの前に立つと足がすくむという人に育ちます。特に優秀な子に多い特徴です。確かにほめられて育った子です。過去問の得意な人であり、過去問に出てきたことはできるが、新しい問題に直面した時にはなんら対応できないという、非常にちっちゃーーな人間にしかなりません。勉強はよくできるのに。社会で見かけませんか、そういう人。
生き抜く力をわが子に身につけさせたいなら、挑戦することを恐れない子に育てなければ。そのためにしっかり伝えましょう。万事君のことは父母が見守っている。成功しても、失敗しても、君が君であることに変わりはない。父母がありのままの君を愛していることを忘れないで。そして恐れず挑戦しなさい。そういったメッセージはわが子に伝わっていますか?言っているだけでなく、わが子は信じていますか?その信頼関係があれば親子のきずなは盤石ですね。
理事長通信090218 山岸顕司
社会的見地からわが子が善悪の判断を欠いた時にわが子を叱るとは、言うならば家庭内で警察権を執行するようなものです。それはある種の権威によって執行されることになります。それがしつけであるなら、しつけを行うときは絶対的権威者がすぱっと注意しなければなりません。偉い先生の教育書の中になら「子どもに考えさせて、自ら正解を導けるようにまず、親として語りかけましょう」などといった一節があるかもしれません。時と場合によりますね。子育ての最中は絶対的権威をもって子どもに押しつけなければならないことなど山ほどあります。教育はいちいち子どもにお伺いを立てるようなことではありません。まだ善悪の判断もつかぬ子どもに決定させていいことなど、お昼のメニューはチャーシュー麺にするかワンタン麺にするかぐらいのものだと私は常に言っています。結果がどう転んでもどちらでも構わないこと以外、子どもに決定権があっていいわけがないです。しつけや教育などは絶対に親が主権を手放してはいけません。
その時にだれが家庭内で登場するのか。父親に決まっています。家庭内には父性という男性性、母性という女性性の両面が必要です。父親は断乎として主権を主張しなければなりません。沽券にかけて。その沽券を脅かす言動を母親が普段とっていると、家庭内でもしもの事が起きた時に歯止めが利きません。わかりやすく言います。父親は偉いと無条件に権威を奉る必要があるのです。飼い猫や飼い犬でさえ、家の中の序列を判断して自分の立場を確認しています。たとえばこの家では偉い順にお父さん、お母さん、長女のお姉ちゃん、そして次が自分だな、最後が末っ子の男の子といったように。ですからたとえば、「ねえ、今日火曜日じゃないの。燃えないゴミの日だってなんべん言えばわかるわけ」といった夫婦間の強弱関係を決定づける会話が日常であったらどうなのか。地球にやさしく夫に厳しい妻、をわが子は見ています。子どもというものは社会の成り立ちを非常に深く洞察して生きている生き物です。母親より下の立場にいる父親など尊敬するわけがありません。母親にどやされている父親など誰が見たいものですか。少なくとも、母親に子どものコントロールが効かない時、つまり親の言うことを聞かない時に、父権なき父親が登場しても発動して効力のあるものなどありません。
もちろん父親は権威にふさわしい存在であるための自己努力が不可欠です。威張ることが権威ではありません。母親が家事で疲れているときに労いの言葉があったり、たまには皿を洗ったりして母を助けている姿や、母がそういう父に感謝している姿を見れば、それは絶対に子どもの胸に響きます。仕事に不平を言う父親も男として尊敬されません。仕事を愛し、仕事を通じ社会に貢献していることを誇れる男であり、夫として妻を助け、父として子どもを抱きしめる男でなければ、子どもを叱っても愛される父にはなれません。子どもを叱らない父親は(叱れない父親は)、ここに挙げた条項のいずれかが必ず欠けています。思い当たる人は、我とわが身を反省し直ちに帰宅してください。家にはあなたでなければ絶対に務まらない役割があります。父親は人格者である前に、物分かりのいい大人である前に、家庭内の安寧を維持するために、時に「荒ぶる男」であることを忘れないでください。(次回は、家に父親が不在の場合です)
理事長通信090225 山岸顕司
母は強し、という言葉は、普段はそうは見えない母だが、いざというときには地に足のついたしっかりとした対応ができるという意外性を秘めた表現だと思います。日本語の奥ゆかしさがこめられた情緒的な物言いなのですが、これが見かけのとおり、屋根から落ちても割れない鬼瓦のように母はいつも強いというのでは洒落になりません。粋じゃないです。男が男っぷりを見せるのはここぞという見せ場で充分なのと同様、母もその時が来るまでは控えていただいた方が日本の原風景的に美しいように思います。家庭において、母は母性の役目を十分に発揮していただきたい。抱きしめる愛情と突き放す愛情の両方をもって。
母というものは小言が多いものです。それはわが子を思う気持ちの発露であることはわかります。「わが子には長所がある。しかしわが子のこういった部分やああいった部分は短所であり、直さなければならない。短所が直れば長所ばかりの子になる」。こういった三段論法はほとんどの親が強く心に抱いている気持です。神様から親の修行としてそのようにインプットされているからでしょう。その結果、わが子が持つ多くの長所は見過ごされ、目につく短所ばかりに小言が降り注ぎます。小言がその範疇を超え、機関銃掃射のようになってくると心にヘルメットを被らないと身を守れない状況に追い詰められます。母が父性を発揮すると家庭内は戦場と化します。わが子が小さいうちは抑えられても、体格でも母を凌ぐほどになってくると状況が変わります。大きく育ったわが子の内面に精神性が伴って育っていないと、強くなった腕力が武器に変わることがあります。昭和30年代はもちろんのこと、星一徹から伝統芸を引き継いだ寺内貫太郎に至る40年代末まで、茶の間でちゃぶ台を引っくり返すのは親父の役目と相場が決まっていましたが、50年に入るや否や金属バット少年の登場で情勢は一気に変わりました。家庭において尊敬をこめて無条件に屈服する、時に荒ぶる役目の父親から男性性が弱まったことで、家庭内を抑える警察力が一気に弱まったと私は考えています。父親から(理不尽なこともあれど)ガツンとやられたことのない子は、特に男の子が、会社で上司との人間関係で挫折する場面を私は何度も見ています。
ちなみに、現代は家庭内でのさまざまな事情を一挙に解決するために、結果としてシングルマザーが増えています。さまざまな事情の結論ですから、その是非を問うより、一人の女性が受け入れた選択を応援したいと思います。なかには決して別れたくない離別を乗り越えている方もいらっしゃるので。母として女性として、情緒的に安定するためにも新たな父親と夫がいて欲しいものですが、ここにも諸事情がありますから母の希望通りに事が運ばない場合も多いと思います。次善策を提案します。わが子の教育という観点に立つと、子どもが育つためには男性の見本が必要です。強い男、やさしい男、子どもにとって良き見本となる男性性を発揮してくれる男です。実際に子どもと接することができるように、子どもに近く、子どもが尊敬できる存在が望ましいのですが、例を挙げるならたとえば水泳教室やサッカークラブのコーチなどに適任者がいるでしょうか。合宿などで寝食を共にできる機会が持てればよりいい経験を積めるでしょう。父親の代理となる存在を社会の中で探し出してください。
理事長通信080625
親としてわが子に願うことを集約すると、幸せになって欲しい、この一言に尽きると思います。将来の進路は人それぞれさまざまです。やりたいことが見つけられ、とことんやりぬくことができれば最高に幸せなはずです。父母と同じ道を歩む必要はありませんが(職種によっては親と同じ道に進むことが宿命といった家庭もあります)、少なくとも教育に関しては、自分が受けた教育と同等以上にわが子に教育を授けたいと願うのが親です。ちゃんと勉強しなさい、という親の台詞には万感がこもっています。親から子に伝える言葉は時々親の本心を離れ子供の理解を超えることがあります。情が正確な伝達を阻む特殊言語なので私はそれを親語と命名しています。もし親語がうるさく感じられたら私が通訳しましょう。勉強しなさい!という親語は翻訳すると「幸せになってね」ということです。
父が一流大学出身で一流企業の要職に就く家庭に生まれたなら、その子自身も自分の学力を武器に社会に出ていくべき子と言えるでしょう。問答無用で勉強しなければ父と同じレベルを維持できない。国立大を目指すのでなければ、早く一流大学進学の資格を得られるように大学附属校に合格しその権利を手に入れたいと準備するのは作戦の一つです。高級官僚を目指すのであれば、やはり学力は高度に磨かなければいけません。最高レベルの国立大に合格することも基本条件のひとつでしょう。父や母が医師、歯科医、弁護士など高度な大学入試ないし国家試験に合格して職に就いている人の子は小学校や中学での受験の成果がその先の合格を必ずしも保証するものではないので、さらに継続した勉強が必要になってきます。したがってあくまで大学受験を中心に据えた作戦を展開しなければなりません。作戦参謀が間違えた判断をすることは許されません。
親が中小企業経営者で暖簾を継承する家に生まれたなら、一言で言うと子は大変です。組織が非常に堅実に運営されているためだれが社長になっても大勢に影響がないという徳川初期のような安泰政権は今ではどの中小企業にもないでしょう。古参の社員には気難しい人物もいるでしょう。若社長を相手に、お前に雇われたわけじゃない、先代に雇われたんだと腹で思う人もいるでしょう。まして人心を掌握できず番頭に寝首をかかれようものなら会社も一巻の終わりです。学歴は高い方がいいに決まっていますが、それより重大なのは人間として胆力を身につけることです。変化は肝で受け止め決断は肚で決めます。非常事態の場数を踏んでおかなければ一大事の時に適切な対応がとれません。学生時代は少々やんちゃぐらいの方が先々のためになるかもしれません。そういう意味ではOB会やOB同士のつながりが強固な私立の学校に進学するのは意味のあることです。しかし中途半端なぼんぼん学校に進んだらどうでしょう。学生時代は学園という透明な安全バリアに包まれています。現実社会は相当に厳しいはずです。魂を鍛えずにシルクの繭から出ることができるでしょうか?梨園など伝統芸能継承者で、生まれたと同時に末は人間国宝になることが前提で生きていく子も基本的には同じです。芸の修行が若年期から始まる分、さまざまな点で厳しい反面、継承しやすいとも言えます。中小企業経営者はそこに学び、わが子に早くから家業の手伝いをさせるのが賢明でしょう。受け継がせることより獲得させることです。
理事長通信080702
私は公教育に期待するものがあります。特に公立の初等教育、中等教育には子どもに対しここを徹底して教育して欲しいという点があります。それは規律を教えることと基礎学力を身につけさせることです。私立校なら当たり前のように建学の精神にのっとった教育が行われ、ほとんどの学校では上記2点は実行されています。というよりそれを行わなかったら学校として存続することは難しいでしょう。
梅雨の合間の日差しがときおり強く差し込む中、私は箱根の公立小学校へ出張してきました。昨年まで慶応会幼児英才教室が夏合宿でお借りしていた小学校が、ここでもご多分にもれず少子化の影響による統廃合を受け、今年から別の小学校で実施することになったからです。その下見をしにお伺いしました。(3つあった中学は1校に統合だそうです。少子化はまったく目を覆うばかりの惨状だと思います。私がたびたび申すように、女性が安心して子どもを産んで育てられる社会態勢を、制度ではなく受け皿を早急に構築しないと最早手遅れといった事態が目前です。友人の議員達に繰り返し進言していますが進む気配がありません。慶応会を丸2年程つつがなく運営してくれる代役がいるなら私がその間担当大臣を拝命し突貫工事をするぐらいの覚悟はあるのですが、というのは妄言ですね)
標高で言うと高尾山と同じぐらいの高さに位置する高原の小学校です。広いグラウンドを渡っていく涼やかな風に大ぶりな赤松の枝が揺れ、約50年前に建てられた校舎はだれもが思い入れを投影することができそうな、郷愁をそそる佇まいです。私が訪れた時はちょうど昼休みの時間が終わるころで、この学校では昼食後に生徒が教室の掃除をする決まりとなっているようで、校舎沿いの渡り廊下にはほうきを手にした子たちがいました。4年生か5年生と思われる女子にこんにちはと声をかけ職員室の位置を訪ねると、はきはきとしたあいさつと、きちんとした日本語による明晰な回答が返ってきました。ここをまっすぐ行ってぇ、緑のシートがあるとこのドアを入るとぉ、右側にー・・という一般的な小4生徒からの返事を予想していたのですが、その子の答えは「正面に向かって進むと左手に入口があります。緑色のシート敷いてあるところがそうです。入ると右手に職員室があります」といったものでした。なかなかしっかりしたお嬢さんだなと感心し、ただし他の男子生徒が何人もいたので冷やかされては気の毒と思い、みなの前でほめることは避けて校長先生に報告しました。
校長先生は教頭先生と顔を見合せ「根付いてきましたかね」と安堵の表情でソファに深々とかけなおされました。そういえば校舎の壁には「あいさつをきちんとしよう」「一日の始まりは きもちのいいあいさつから」といった手書きのポスターがそこここに掲示されています。なるほど、校長先生が新任されて、よりよい学校づくりの第一歩として実践なさっていることと思いました。コミュニケーション能力を高めることをテーマに言語教育を改革なさっているとのことです。当たり前のことを当たり前に教える。習慣が定着するように励行する。教育は高邁なご高説の中にあるわけではないと感じ入り帰途についた日でした。
理事長通信080617
どうやって子どもの心に魂を入れるか、これはいつも私がお預かりした生徒さん一人ひとりに対して考えることです。一般論で語れないのはだれ一人として同じ人がいないからです。ごく大雑把に分けただけでもわせタイプの子とおくてタイプの子が存在します。わせタイプというのは周りの子がまだ準備ができていない時点でいろいろなことが既にできる能力があるわけですから中学や小学校受験で圧倒的に有利です。おくてタイプには着実にゆっくりじっくりしっかりと成長している子もいれば、しばらくはまだ幼いままで周りについていくのがやっとという子もいます。慶応会では学力差が子どもにあることは受容しますが、わからないままの子どもを出さないことを指導の柱としています。ですから入会には審査があり、学習意欲がない子や知的好奇心が育っていない子は、その状態では受け入れていません。「学ぶ根っこ」がある子ならお預かりして伸びる可能性は高いです。慶応会の役目は栄養度の高い土で根っこを包み、燦々と太陽をふり注いで伸ばすことです。逆に言うと、種だけ持ってきて発芽させて花を咲かせてくれと頼まれても、それは難しいことです。家庭では根っこまでは育てていただきたい、そして協力して一緒にお子さまを見守っていきたい、そう願っています。
私は過去何十年かの間にいろいろな子を親御さんと一緒に育ててきましたが、一番うれしく感動するのは、おくてタイプの子がようやく花を咲かせたときです。小学校受験や中学校受験までは(人によっては大学受験まで)どうしても後塵を拝しがちで、見守る目にも不安が消えません。おくてタイプのなかでも「考えるのに時間がかかるけれど、じっくりと答えを導き出す子」、「思考力と学ぶ態度にねばりがある子」、「自分で思考回路を辿りながら正解を導きたいという意欲がある子」、こういう子は先々必ず伸びます。ただし伸びる時期やスピードには個人差があります。入試当日に制限時間前に正解にたどり着ける子は合格ですが、間に合わない子は合格できません。しかし、間に合わない子も時間をかければ正解にたどり着けるのです。この子に「早く!早く」とおしりをたたいてはいけない、と私は確信しています。時間をかければ理解できる子にスピードを上げろとおしりをたたくと、思考プロセスが乱れ、自信を失い、心身全体のバランスと情緒が崩れます。もっと言うなら子どもが壊れてしまいます。その子は決してわからないわけじゃない、時間をかけて理解するのです。親としてはわが子を見ていて焦るばかりでしょう。なにしろ入試期日は迫ってきています。急かしたい気持ちはわかります。でも今は見守りましょう。自信がつけばスピードはやがて上がってきます。それを信じて待つ以外に方法はないです。その時期はいつなのか、おくてタイプの子が伸びるのは早ければ中学生高学年になってから、または高校生になってからかもしれません。遅ければ社会に出てからです。そんなに長い時間は待てないと言われても、伸びるかどうかはわが子の中に眠る可能性が目を覚ますことにかかっているのです。おくてタイプの子はみな、眠りの森の王子か王女です。現在睡眠中、しかし必ず目を覚ます。日本には三年寝太郎の昔話があります。
※注 慶応会のレッスンでは、作業効率や時間を意識させるために、思考を妨げない範囲で生徒さんの作業を急がせることがあります。いずれの場合でもプロの指導者が判断し、声をかけておりますので、かりに講師が早く早くという言葉がけをしても上記のような弊害が起きることはありません。ご心配はご無用です。
理事長通信080709
子どもの教育で「長所を伸ばす」という言い方を頻繁に聞きます。長所を伸ばすとは単なる熟語で、その解釈には無限の発展性と誤解があるように思えます。長所を伸ばすには、指導者にまず子どもの長所を見抜く目とハートが必要です。子どもの中にまだ眠るどの才能を長所と見極めるか、そこに教育の哲学が現れるからです。単に点数を伸ばすための得意分野を発掘し、点数を合格レベルまで押し上げ合格はしたけれど人間性は置き去りにされた、その結果、学歴と人間の成長度合いがいびつで均衡がとれない、かつては子どもだった大人をよく見かけませんか。私は子どもに鉢巻きを巻かせ、志望校の正門前で合格するぞとシュプレヒコールを上げさせたり、勝たなければ意味がないと恐怖で縛りあげマインドコントロールをしたりすることには批判的です。子どもには自分を相手にした競争心を目覚めさせることは必要なことですが、人との競争を過度にあおり、敗者への配慮のないやり方は慶応会のやり方とは一線を画します。結果至上主義のせいで却って集団に埋没してしまう大人は珍しくありません。学歴がずば抜けて高い人はそれぞれの分野で一流と呼ばれる企業や集団の中には多くいます。しかし人間力でその集団を引っ張っていかれる人はごく一握りです。どちらの能力を身につけたいですか?できれば両方ですね。
若年期の教育で長所を伸ばすという名目でよく目にするのは、子どものやりたいようにやらせるというものです。慶応会のアートアカデミー教室は方法論が明確なので、子どもに表現力を伸ばすために技術を磨く指導を行います。その他の絵画教室で「うちは子どもに絵の指導はしません。なぜなら子どもの内面から自然に湧き上がってくる発想を大事にしたいからです」という先生の言葉を聞くことがあります。絵画教室の先生はアートの専門家です。すなわちもともと芸術的なセンスが高い人のことです。言ってみれば生まれた時からその才能を持った人です。私は才能を持たず努力して学び歴史に名を残した画家というものを一人も知りません。極貧の中で死してから名誉を得た画家も少なくはないですが、才能に関して言うなら、最初から神に授けられて地上に降り立った存在です。
それは田舎で時折生まれる「郷土の誇り」のような人、特別な英才教育を受けたわけではないが極めて優秀で、地方ゆえ私立小学校もなく、一貫して公教育に学び高校まで過ごし、大学受験一回で最難関大学の受験を突破してしまった人、に似ています。こういう人はいわば知的突然変異です。才能に恵まれた人に困ったことがあるとしたら、その自覚に薄いことです。すなわち自分が才能に恵まれたために目標に達したことに気づいていないことが多いことです。自分の努力で手に入れたと思い込み、そこに基本条件である才能のおかげということが盛り込まれていないことが多いのです。その人と同じ地域に生れ、同じ小学校から同じ大学まで進んだ同級生が何人いるかをかえりみれば、いかに自身が特異な存在であったかということがわかるはずです。若い人は特に自らの経験以外に学ぶ術がないかもしれません。わが身に起きた奇跡とも言えるほどの大成功が、また再び自然にわが子にも起きると信じる人のなんと多いことか、幼児教育の大切さを説得するたびに骨が折れます。
理事長通信080724
水曜正午が締め切りの理事長通信がつつがなく担当事務に提出されるのは、毎週決まって当日の正午間際です。火曜の夜になっても一語も書けていないような時、これは相当憂鬱です。書きためておけばよさそうなものですが、なかなかそうはいきません、とこれで3行半。梅雨が明けたとの宣言はいまだ出ていませんが、じゅうぶんに真夏を感じられる夜のとばりに、部屋着のままぶらりと散策を決め込みました。なにかアイディアが浮かぶことを期待して。雑踏もこの時間にはようやく閑散とし、夏の夜の匂いを吸い込んだ風が渡っています。植え込みからは外来種のティアラかくちなしの花が香ってきます。匂いはどこかで記憶と結びついていないでしょうか。子どもの頃、父母と過ごした高原の夏は朝に夕に、いっぱいに露を吸った草木の匂いがしました。海で過ごした夏は磯の匂い、からからに焼けた砂浜の匂い。思いっきり真ん中からかぶりついたスイカの匂いもするぞ、おれはカブトムシだったかな。夏の匂いは懐かしさを喚起するとともに、私にとっては父母からいただいた子ども時代のあったかな思い出と直につながっています。高校生以降の夏の思い出は、思い出すことがはばかられる内容も含みますので、これはこっそり一人で邂逅することにしましょう。親となった今は課題の多い夏を毎年繰り返すことになるでしょう。自然と親しむ機会を多く設け、子どもの記憶に残せてあげられた時、ようやく親が自分にしてくれたことと同じことができたかなと胸をなでおろせるでしょうか。
民間航空会社で飛行歴30年を超えたあるベテランパイロットが操縦室から撮り続けた風景写真を見る機会がありました。それは地球のポートレートとも呼べる作品の数々で、我われが足をおろして生活している地球という天体の美しさに改めて目を見張る経験でした。息をのむほどのランドスケープに、北極大陸と流氷の純白さと群青の海のひき立て合うコントラストや熱帯雨林の緑の深さとうねりながら金色に太陽を照り返す川の流れがありました。もちろん作者はそれらの風景をファインダー内で切り取った撮影者であるパイロットですが、素材は地球そのものであり、ライティングも太陽が、あるいは月から反射した光が照らし出したもので、そこに作者が手を加えたものはなにひとつなかったのです。大地の美を余すところなく伝えるのは地球自身でした。ところが今世紀に入り、さらにここ3年でそれらの映像は様変わりしてきます。作者自身、撮影の目的に変換を余儀なくされました。というのも環境の破壊が急激に加速し、3年前までの作品の美しさは現状の悲惨さを伝える対象として別の意味合いで活用され、さらに注目を高めることになったからです。たとえばかつては北極海を飛行中に積乱雲が7,8000メートルまで上昇してくることがあり、それが造形的に絵になっていることで作品が残っているのですが、ここ数年は10000メートルを超えて積乱雲が上昇してくることが時々あり、飛行ルートを変更しながら飛ぶこともあるようになったということです。そんな変化は30年来ここ3年に限って起きてきた変化だそうです。おまけに眼下のグリーンランドはかつて永久凍土に閉ざされた純白の国土であったのに、ここ3年は温暖化が進み、氷が解け土砂があらわれ緑が生え、名の通りグリーンランドとなっています。増水した水量は南の島々の国土を狭め、このまま進めばあと30年で確実に水没する国もあります。
理事長通信080721
時代はいやおうなくすべてのものを押し流します。よどみに浮かぶうたかたさえ、かつ消えかつ結び、久しくとどまることがありません。そこにそのままとどまることができればどれほど幸せか、何百年もそのままの佇まいでいる京都の門跡寺院に座して黙考すると、変わらないことを決意し、また意志を通す勇気と強さに思い至ります。昨日よりもっとよくするために今日を生きる、というのは聞こえが良いことですし、そこには向上心もうかがわれ、総じて良い心がけのように感じます。勤勉な日本人を形成した歴史は向上心の歴史でもあります。この数百年に限っても、国が乱れていた時代には天下統一こそその先の天下泰平が得られる道と信じられていました。その泰平は安寧を維持する枠組みを強固にし、社会に閉塞感を産み、内側から風穴を開けようと試みる気風が湧き、外からは外国列強からの外交交渉から風穴が開き、一挙に近代への道を走り出します。やがて国家主義に日本も肩を並べ背伸びをし、より国が強くなることに邁進し結果破綻しました。しかし粛清された後立ち直った戦後は経済で巻き返しを図り、幾度とない挫折を乗り越え現在も奮闘中です。ずっとずっと、日本は昨日よりよくなるための毎日を積み重ねてきました。途中経過としての2008年はどうでしょう。昨日より素晴らしい今日を作るための数百年は実を結んでいるでしょうか。見上げると重苦しい空気が取り囲んではいませんか。
先進諸国の首脳を招いた洞爺湖サミットが環境面でどれほどの効果を地球にもたらすか、これは数十年をかけて監視し続けなければ結論が出せません。なにしろG8の合意は2050年までに二酸化炭素ガスの排出量を現在の半分にするというものです。今まで先進諸国が経済成長の指針となる数字を追い一生懸命になりすぎて地球環境面での配慮が後回しにされたことを見直すことに異議はありません。しかしその後始末を、今度は減らすための数値目標達成に一生懸命になりすぎると、結局はその人いきれでオーバーヒートしそうな予感がします。私はCo2を減らすという大目標もそのための数値目標の設定もあくまで対処療法であって、根本治療には程遠いと考えています。そもそも地球が恒常的に温暖化しているのか学問的にも解明されていませんし、現在の温暖化もCo2のせいとは言い切れない部分もあります。もちろんCo2の削減は重要なテーマですが、最新技術を持つ日本にしかできない世界貢献を考えるなら、それはまちがいなく技術革新によりCo2を減らすことです。二酸化炭素を排出しない燃料の開発、動力の開発です。それらは多方面で着手していますし、定着もしつつあります。日本の技術力なら先行きは相当明るいと、これは楽観材料だと思います。
技術革新よりもっと根源的な治療、そしてもしかしたらもっとも難しいことは人の心を変えることだと私は常日頃から感じています。人の心を変えるとはどのように?一言で言うなら「吾唯足るを知る」の極意です。必要以上に欲しがらない。ただそれだけのことです。地球環境破壊のほとんどの根源的理由を絶つことができます。閉塞させる現在の気風はどこかで帆の向きを変え舵を切り、日本丸を大海原に漕ぎ出したい気分です。海の日に寄せて。
理事長通信080730
私は7月末の一週間が来ると心が躍ります。まだほとんど手つかずの夏休みを手にして、わくわくする予感を抱きながら体をむずむずさせているような気分です。子どものころの記憶が甦りその時心に住んでいた魂が戻って来るのでしょうか。お盆に帰ってくるのはどうやらご先祖様だけではなさそうです。なすの牛やきゅうりの馬の他に、浮き輪に見立てたドーナツでもお供えしてお迎えしましょうか。親になり、子どもと一緒に遊ぶ夏の初めを思うとそれだけで胸がいっぱいになります。そうだな、三つ子の魂百までというが如く、生まれて千日、年にして三回りまでは特に心して子を育てよ、ということだな。「親の言葉となすびの花は十にひとつも無駄がない」と私の母が里の母からよく聞かされていたと、私もしょっちゅう聞かされていたことが思い出されます。親が人から教えを受け、哲学のある子育てを行えたなら、その子は大きく羽ばたく翼を心にもつ人に育つでしょう。もし、幼児期をただなんとなく過ごし育ったとしたら、その子の心には人間力の基礎が根づいているでしょうか。ふだん何気なく見ている街をゆく子どもやよそのお母さんの様子を見ながら慶応会に着くと、ここで迎える幼児英才教室の子どもや上の学年の生徒さんが俄然際立つ表情をしていることに気づきます。心を鍛えてきた子どもは品格が備わっているなと実感できます。私の頭にすっと降りてきて肝に落ちた言葉は「六つ子の品格百まで」というものです。
幼児期の教育に関して以前はその是非が俎上に上ることがあり、私も時折、そんなに早くから教育が必要でしょうか、と聞かれたものです。現在では、少なくとも過去3年以上この質問をどなたからも受けていません。それに代わり最近聞かれることは次の点です。要約すると、「学歴とは一般的に最終学歴を指すのではないか。就職やキャリアアップで重要とされるのはどの大学を卒業したかということではないだろうか?であるならば、小中高という途中過程に意義を見出すより、大学受験で結果を出せばそれが最良の結果ではないだろうか?最終学歴で勝負することで十分であるなら、それまでは子どもとして伸び伸びと過ごしたほうがよいのではないか。ゆえに小学校受験で難関校に合格する意義はなんであろうか」というものです。このような発問は質問の内容にある通りの実体験を持つ、優秀な子ども時代を過ごしたお父さまからなされることが多いです。しかし、慶応会の扉を叩くからには現在の教育にいくばくかの疑問や不安をお持ちで、自分の時代には通用したが今はどうであろうかというお気持ちであるようです。
似た経歴をお持ちでも別の視点で慶応会にお越しになるお父さまがいらっしゃいます。ご自身の体験として、学歴は手にしたが実社会に出てみると同僚や先輩には優秀なだけでなくもっとそれ以上の大きな背景を感じさせる人物がいる。そういった人物には似通った特徴がある。なかでも下から私立という連中とつきあってみるとどうもようすが違う。人間関係を結ぶことに長けている。仕事をする上でも畑違いの業種にすぐネットワークがつながり懸案が解決するなど、OB同士の結束が強いことは代えがたい魅力がある。自分の能力を高める個人の努力は当然必要だが、将来より広い世界にわが子が出るために、そのネットワークに早くから参加することは意義があるのではないかという動機です。
理事長通信080805
確かに小学校受験を戦ったことのある小さな戦士には身についた品格があります。限定的に言うなら、正しいやり方、適切な言葉がけによる指導で戦った子には、です。当然のことながら、慶応会では決して行わない詰めこみ教育や、結果至上主義に基づいた歪んだ哲学による指導で育った子には望めません。戦ったとはだれと?自分とです。自分の限界と戦い、苦手を克服した子です。そして志望校に合格し進学していれば最高の結果ですが、武運尽きた子も、自分の苦手を乗り越えて受験を終えた子は立派に品格を備えています。合格した子と不合格になってしまった子の違いは、だれにでもわかる点で言えば通う学校が違います。しかし内面の違いで言うなら、やはり合格した子は自信が身についています。不合格だった子はこの点がその子それぞれです。受験の結果は厳粛です。いつもの調子ならまず間違いなく合格できる子でもその日の体調ひとつで結果が天国から地獄に変わることもあります。たったひとつの難問で調子を崩してしまうこともあります。何年もかけた準備が仕上げで台無しとなってしまうことすらあります。しかし戦い終えた後、母親がわが子の頑張りを認め、胸を張って結果を受け止めているなら、その子の自我は安定しています。ですからお母さまには頑張っていただきたいのです。結果が良くても悪くても、結果でわが子の価値が決まることはありません。わが子を正しく評価できるのは母親と父親だけです。学校に評価していただく必要はありません。ありのままのわが子を受け止めてあげることで、子は親の愛に包まれ安心できます。背が伸びることと同じように、強く安定した自我を持てることは子どもの成長でもっとも大事なことです。
私は慶応会を預かる責任者として親御さんに、どういった角度から質問をお受けしても、明確に答えられるように日々自問自答していることがあります。特に小学校受験の意義については、慶応会で大きく育っていった子どもたちの成功例を思い出しながら、我われがどれぐらいご家庭の教育についてお役に立てているかをいつも検証しています。小学校受験についてはどの小学校を卒業したかに意義を見出すこと以上に、子どもに何が身についたかを親が確認することが重要です。親が信頼する人から教えを受け、哲学ある子育てを行い小学校受験を経験したなら、子は6才の時点で次のような子に育っています。それは私が慶応会で常に目指し指導していることです。まず知的なことに興味を持ち、目を輝かせて作業や学習に取り組めること。もちろん詰めこみ教育をせず子どもが知的に疲弊していないこと。次に表現力や発想力が豊かであること。大人が目を見張るような絵を描いたり制作をしたり、自分の意思を言葉でしっかりと友達に主張し、友達の意見もきちんと聞き、譲るべきところは譲り、きちんとした人間関係を結べること。これは大人の指導ばかりでなく、レベルの高い子ども同士が切磋琢磨し合わなければ磨けるものではありません。次に当たり前のことですが、伸びやかに体を動かすことができ、持久力を備えた体力を持てること。いかなる場合でも頑張りを最後に支えるのは体力です。それらが6才でできるように育てられたなら、その資質は30才になっても40才になってもその人を生涯支えます。私の重要任務は合格してもらうことと同様、その子に6才の時点で品格を身につけてもらうことです。生き抜くためのスキルを高める、つまり六つ子の品格百までです。
理事長通信080818
真っ青な空、センターポールに日章旗、君が代。オリンピックでこの3要素が揃い踏みすると私は目から涙がぼろぼろと噴き出してきます。同胞のひたむきな姿に励まされ、日本に生れて本当によかったと実感し、心から母国を愛せる至福の一時です。(君が代や日の丸は戦争につながるから反対だと申す人から、では何なら良いのか、代案としてどういった国旗や国歌なら敬意を表せるのかという意見を私はほとんど聞いたことがありません。代案なく反対のみする人はどの社会にもいますが、反対であるという意思表明を聞いたならそれ以上のことには耳を傾ける必要がないと私は考えています。提案がないのですから。まして年端もいかぬ子どもたちに、母国を愛さず母国を蔑むような歪んだ教育を行ったり、卒業式で生徒を扇動し不起立不斉唱を強要したりする教師など、行為はテロリストと同じではないかと私は考えます。少なくとも公人として俸給を受ける身でありながらアナキストのような振舞いをするのは不整合です。不満があるなら、哲学があるなら法治国家の下での手続きを行い、国民の大多数から賛同を得られるような意見を述べ、国会を通し法律を変え、新しい国旗と国歌を定めればいいことです。今現在、日本国が定める国歌は、御代が千代にも続く尊くめでたい君が代ですし、国旗は白地にまん丸の赤を染めた世界一シンプルで美しい日の丸です)
オリンピックでメダリストになるなんていったいどれほどの努力を重ねればそこに到達できるのか、私には想像もつきません。表彰台に上る金銀銅の各メダルを首にかけた選手たちが見せる晴れ晴れとした笑顔には心が洗われる思いです。もちろん銅よりは銀、銀よりは金の方が格は上でしょうが、ここにたどり着くまでに積み重ねた努力や自己研鑽にはもはや優劣はなく、等しく尊いメダルに私には見えます。想像ですが、本人の喜びが大きいのはもちろんですが、もっとうれしいのは親御さんではないでしょうか。自慢の子を持った親御さんの晴れがましさはいかばかりでしょう。孝行息子や孝行娘のおかげで天にも昇る思いをされているのではと思います。私には残念ながら親族はおろか、友人や知り合いにまでその範囲を広げてもメダリストは身近に存在しません。会う機会があれば聞きたいことは山ほどあります。どの種目であれ、技術的な内容やスキルを向上させる方法を聞いても特殊分野のことなので私にそれを応用し活かす術はありません。しかし精神面をどのように制御し続けるのかは非常に興味があります。ときに奮い立たせ、ときに落ちつかせ、気持ちややる気が下がったときはどのように立て直すのか、自分の感情を支配し、集中力とそれを持続させる力をどう鍛えるのか興味は尽きません。しかしいくらメダリストとはいえ、そこで引き出した話から存在を神格化されたり全人格性を要求されたりしたのでは選手も窮屈でしょう。ただし私が想像するに、彼らが並外れた素直さを持ちあわせていることは間違いないと思います。優れたコーチや自分より客観性を持ち合わせた人の意見に耳を傾け取り入れる力も並外れて高いのではないでしょうか。我流を通すと限界は目の前にすぐ現れるはずです。自分を貫き通す精神力はもちろん大事なことですが、自分を変化させることをいとわない柔軟性はそれ以上に必要な資質でしょう。その能力が高くなければ世界の頂点には立てないと思います。これはあらゆる分野で共通することではないですか。
理事長通信080825
神から与えられた適性を、たゆまぬ修練によって磨き上げると人はここまで高く大きく成長できる。オリンピックの場に世界中から集ったアスリートたちを見ているとそう思います。
男子陸上400mリレーでは日本人4名がまさにチームワークによって銅メダルを手にしました。日本チーム史上初です。アメリカがバトンを落として決勝に進めなかったからな、と日本チームの快挙をくさす人がいますが、私はこの指摘は当たらないと思います。なぜならリレーという競技で発揮すべき技術は、速く走ることと次の走者に助走レーン内でいかにスムーズにバトンを渡すかの2点に集約されるからです。アメリカチームがバトンを落としてしまったというのは単なるアクシデントではなく重要要素のうち一つの技術が未熟だったからです。日本チームは前回のアテネ大会でも4位に入り、さらなる修練の結果が今回の銅メダルです。金メダルを獲ったのは、およそ100メートル決勝とは思えないような大差で2位を引き離し9秒69という人類がかつて見たことのない快走でゴールを駆け抜けたボルトを擁するジャマイカでした。銀メダルはトリニダード・トバゴです。両国の選手とも体つきを見るからに、これはもうDNAと本人の資質で走っているようなもので、日本選手と比べたらチーターがトラに足の速さを見せつけているようなものです。まずどんなに練習を積んだとしても、トラがチーターより速く走れるようになることは通常の進化では1万年かけても起こり得ないだろうなと思います。彼らに次ぐ3位ですから、しかも技術で勝ち得た銅メダルですから真に価値のあるものです。
リレー競技でバトンをつなぐ方法は2つあります。世界の主流はオーバーハンドパスで、これは文字通り走者が次走者にバトンを渡すとき上手から渡します。これに対し日本チームはアンダーハンドパス、つまり下手でバトンを渡します。オーバーハンドパスは先行走者との距離を広く保てます。接触事故が少ない上に、コンマ1秒でも先行したい次走者の心理特性にかなっています。ただしバトンを受け取る姿勢で後ろ手に上げた手を高く保つ必要があるため走行姿勢に若干無理があり、その間の初速を上げることができません。アンダーハンドパスはバトンを受ける選手が手を後方に高く上げずに済むため走行姿勢に無理がなく、バトンを受けたと同時に走力をトップスピードに上げることができます。なによりもバトンの受け渡しで確実性が高い(落とす事故が少ない)のが特徴です。ただし両走者の距離が短いので接触しないよう技術がより必要です。ここを技術的に徹底改良した結果、助走レーン内のバトンの受け渡し時間は日本チームが世界最速でした。なんともニッチな技術改良です。日本がものづくりで工業を伸ばし国力を増したのと同じ構造です。問題点の発見、着目、掘り起こし、仮説を立て実験による検証の繰り返し、徹底した改善、そして技術をものにする、これらすべてをチームワークによって行ったことが日本らしい勝利のつかみ方です。(塚原直貴、末續慎吾、高平慎二、朝原宣浩の各選手はもちろん今回最大の功労者です)こうしてトラは自分より速かった数頭のチーターを蹴散らして銅メダルを手にしたのです。
理事長通信080902
北京オリンピックでの日本選手を見ていて、日を追うにつれだれしも同じ思いを抱いたのではないでしょうか。私が代表して口語で表現するなら、おいおい、男子は何やってるんだよ、ということです。男の子はガラスのハートを持っています。本人は内に秘めたつもりでも、だれでも思い当たる節があります。(首相だって相次いで辞めたくなるのです。これが時代なのかもしれませんが)私がこの場を借りてチームや個人名を名指ししようものなら、打ちひしがれてしょぼくれ、青菜に塩の男の子たちは立ち上がれなくなってしまうのではないか、そんな精神面でのもろさを大舞台で露呈する大会であったような気がします。
選手たちの熱戦はそれぞれに胸が熱くなった競技ばかりですが、なかでも女子ソフトボールは史上初の金メダル、しかもボールを握る要の中指が二重にも皮が?けながら400球を超える力投をした上野由岐子投手の姿は万感迫るものがありました。打撃の面では、決勝戦で登板したアメリカチームの投手に日本女子チームは過去何度も苦杯をなめさせられてきました。ベース上で浮き上がって来るライズボールと、すとんと落ちるドロップボールに攪乱されてきたのです。ほとんどボールにかすりもしないというのが決勝前までの惨状でしたが、チームはついに、相手投手の投球フォームに癖を発見しました。投球動作で振りかぶるとき、頭の高さより高い位置まで腕が上がるとライズボール、低いとドロップボールを投げるという癖です。これをベンチから見た選手がバッターボックスに立つ自軍の選手に「上ぇー」「下ぁー」と声を張り上げ、投げる球種を伝えたのです。その結果がホームランを含む勝利打点につながりました。工業製品を生み出す生産現場で何らかの支障があった時、現場で改善する運営手法は海外で高く評価を受け、「KAIZEN」として世界中で定着しています。チーム全員で成し遂げた改善ですが、アメリカチームが後でビデオを分析し、改善により撃破されたことを知りほぞを噛む姿が目に浮かびます。日本チームのすべての選手、インタビューでの各選手は晴れ晴れとした顔を一層上気させ、凛々しくもあります。いいぞ、女子チーム!ゲーム後半はずっとうなだれたまま戦意を消失し、そのまま成田で報道陣の横をすり抜けたどこかの男子チームや選手たちとは雲泥の差でした。
他にも一本を取って勝つ柔道にこだわり続け、アテネに続く金メダルを決めた時、ぴょんぴょんと畳の上を跳ねた谷本歩実選手のはじけた笑顔も素敵でしたし、妹と歩んだこの4年間は最高のレスリング人生だったので、この銀メダルも自分にとっては金メダルですとすっきりと語った伊調千春選手の笑顔も印象的でした。連覇まであとわずかというところまで得点でリードしながら、重量級の国際試合ではほとんど見たことのない一本背負い(ずいぶん素直にまっすぐ、ごろんと転がったものです)で負け、試合後のインタビューでは汗と涙で顔をぐしょぐしょにさせながら「悔しいです」と手で覆った塚田真希選手も表彰台に登った時はのびやかでまっすぐな笑顔を観客に向け、手を振って声援にこたえました。一方、敗者復活戦でまた負けて泣き崩れる元男子王者を見ると、負けても女の子のように胸を張れ!と言いたくなります。日本男子しっかりしろ!女の子のように雄々しくあれ!?というメッセージを込めた内容はしばらく続きます。やれやれ。
理事長通信080910
その人の思考はその人そのものであるという言い方があります。その人が欲するものがすなわちその人である、という言い方もできるでしょう。人の体を構成する成分はさまざまですが、成長期の身体的成長を支えるすべての栄養源は口から摂取されます。大げさに言うなら何を食べるかでその人は決まります。肉体はもちろん精神面にも多くの作用があるからです。さらに一歩進むなら、摂取した食品に含まれる栄養素の質と量を超えてエネルギーが作られることはありません。微量な物質でも体内で化学反応が起き爆発的エネルギーを引き起こすというものはないのです。食べる量が少なくては大きくなることはできません。食べるものの質が低くては頑強な骨や内臓を得ることもできません。朝、バランスよく食事をしないと午前中十分な栄養素を体と脳に送ることはできません。朝起きて脳の活性化する状態が高い午前中にエネルギー源を体内に取り込まないと、午前中の5時間が活かし切れません。誤解を恐れず言い切るなら、朝食をきちんと食べない子は親が期待するような子には育ちません。
なかには小食でも活発で頭のいい子もいます。ただし私が知っている限り体は小さいです。じゃあ体は大きければいいのか、それはあげ足取りです。大食なら肥満でもいいのか、それもあげ足取りです。理想を言うなら、「よく食べよく遊びよく学び」です。子どもの理想像ですからこれに反論する人はいないでしょう。朝食を十分取る時間がないなら朝食分の早起きが必要でしょう。朝食作りに十分な時間がかけられないなら前日の作り置きを活用すればいいでしょう。お弁当も同じですね。私立の小学校、特に名門女子校には入学試験にお弁当を食す時間を設け、食事のようすをご覧になるとともに、お弁当の内容にも目をお配りになることもあるようです。栄養のバランスは良いか、ちゃんと栄養素の5色は入っているか。(赤と緑が野菜で食物繊維質、ビタミン、クエン酸その他たくさんの栄養素が入っています。黄色は卵、チーズ、豆類などのタンパク質。茶色がお肉やお魚などのタンパク質、白が炭水化物などです)どこにもお門違いのお母さまはいらっしゃるようで、コンビニのおにぎりとグミだけをビニール袋から引っ張り出したお嬢さんがいたという話は胸が痛みます。まさに家庭の生活そのものがしっかりと見られてしまうのです。評価にもつながることでしょう。うちの子は作り置きのものは口にしませんということなら覚悟を決めて早起きするしかないでしょう。朝食を宅配するビジネスはチャンスがあるかもしれません。起きてすぐに食事ができませんという人も多いことですから、健康促進を兼ねて散歩や運動をして内臓を起こしてやりましょう。最近は便秘の子どもも多いですが、そりゃ内臓も半分寝たままなら消化もできないでしょう。うんちが出るほど食べもしませんという状態だったとしたら、生き物として生存の危機に瀕していると言わざるを得ません。とにかく食べましょう。小食偏食のお子さんをお持ちのお母さまは調理方法でご苦労なさっていると思いますが、なにがきっかけになるかわかりません。あきらめたらそこで終わりです。あきらめずに、たくさん運動してたくさん食べましょう。わが子にだけ運動を命じるのではなく、一緒にお母さまも体を動かしましょう。わが子は食欲モリモリ、お母さまはすっきりとなります。
理事長通信080917
今年の夏も幼児英才教室の箱根合宿で多くの生徒さんが目覚ましい成長を遂げました。宿舎を変えた効果もあり、食事が改善されたことは一目瞭然でした。食事の残り方が違うのです。もっとも私にも記憶がありますが、みんなで食べる食事のおいしさは格別で、小学校の合宿の時など気持が高揚してはしが進み、5合のおひつを一人でカラにしたことがあります。今回も夕食時に4回ご飯をお代わりした男の子が4,5人、2,3回お代わりをした女の子が数名いました。ご飯ばかりでなく、出されたおかずがそれはきれいにお皿から消えています。やはりそういった子たちは体格が違います。
私が今回確認したことは、食が進む子は食べる量だけが多いのではなく食事の内容そのものが違う、ということです。もっと端的に言うなら朝食に集約されます。和食の朝食のとき、ご飯があります。お味噌汁があります。豆腐やねぎが入っています。海藻や海苔があります。納豆があります。野菜の煮びたしがあったり、煮豆があったり、さらに魚の干物があったり、それぞれの量は少しずつでも体内に入る栄養素は各重要分野からエントリーしています。質の高いタンパク質もです。洋食のときでもパンがあり、オムレツがあり、オムレツの中にはスパニッシュと言わないまでもタマネギやトマトやホウレンソウが入っていて、ソーセージやハムがあり、それとは別に生野菜のサラダがあり、ヨーグルトにフルーツの付け合わせがあり、というようにとにかく体と脳に必要な栄養素を十分に供給できる食事が配されています。いいですかお母さま、生徒諸君。これらをおいしいおいしいといって口に運び午前中のエネルギー源をしっかりと蓄えた子は、元気で姿勢が良くて、声が大きくて笑顔がたくさん出て、しかも体格がいい子が多いのです。一緒に遊んでいても体当たりでぶつかってくるその体は締まっていて、体重は標準でも肉がみっちり詰まっている感じです。背が高いかという点については、これはDNAの問題がありますからその子の食生活ばかりでは測れません。しかし食事をしっかりととって十分に体を動かしている子は、食が細くて体を使わずに遊んでいる子とは大きな違いがあります。腕をつかむとすぐにわかります。肉がしまってみっちりしている子は間違いなくよく食べ活発に生活し運動している子です。朝食がその子の体と頭脳を決めるといっても過言ではなさそうです。
一方、ええー朝からそんなに食べれないよーと甘いパン一口に牛乳少々とかスープをなめるだけといった朝食しか胃袋に入れない子は、一言で言い表すなら午前のレッスン中に発言の手も上がりません。目つきもぼんやりして座る姿勢すらぐにゃっとしています。それはそうでしょう。その子を動かすための燃料は、まぶたを持ち上げて、眠らずに座っているだけのわずかな量の偏ったものしか摂取していないのですから。それが我が子の身に365日続いたらどういうことになりますか?それが10年、15年、20年続いたらその差はどれぐらい開きますか?電気を燃料に走る自動車が増えている今、時代的に例えがそぐわないかもしれませんが、車で言うなら高級車はオクタン価の高いハイオクガソリンでしか走りません。レギュラーガソリンでなど走りません。まして軽油を入れたら走るどころかエンジンが壊れます。車には車の格に合った燃料が必要です。人も同じです。
理事長通信080925
私が最近気にしている統計に、生涯非婚率があります。生涯非婚率とはきわめて絶望的な耳触りのする言葉ですが、人口学上の概念で50歳時点での未婚率のことを指します。40歳の時点で未婚の人は生涯非婚である人との数的差がほとんどないと言われていましたが、国勢調査を追うと2001年から2006年では40代後半から50代にかけて男性がポイントを下げており、つまり結婚する人が増え、30代の女性で結婚する数値も上げています。この背景としてインターネットの普及が男女の出会いの場を広げているという報告があります。ただし非婚は年を追うごとに増えており、現在20代の男性は3分の1が生涯非婚となる可能性があると推測する研究者もいます。国勢調査を分析するまでもなく、少子化の現状を目の当たりにする毎日です。街には仕事を持つ若くはつらつとした30代の女性が跋扈しており、ランドセルを背負った元気な小学生の姿が川の流れにメダカを見つけるのと同じぐらい目にすることが少なくなっています。また結婚した男女間でも子どもを持たない夫婦も増えています。本人の責任に帰するところでなく不妊で悩む夫婦も多く、環境ホルモンや社会生活でのストレスに多くの原因があると推測されています。結婚という形態だけが男女ともに最良の結びつきであるという考えは狭量だと私は感じますし、非婚者や子のない夫婦の存在を否定的に捉えるつもりも毛頭ありません。しかし個人一人ひとりが自らの幸せを追求し、それがある程度達成できる成熟した社会を迎えたら、それほど細分化された要求に合致する幸せを個人が手に入れることが難しくなったという皮肉に行き着くかもしれません。幸せとは本来プリミティブなものである・・下手な格言です。
手を打つ、という慣用表現があります。この辺で手を打つ、といった時、その意味は妥協して決定するということです。しかし神前で柏手を打つように、手を打つとは決定に際しどこかしら神聖であることを私は感じています。結婚相手を決める時、人は謙遜した表現として、あの人で手を打つと言ったりしますが本心はそうでもないでしょう。やがて赤ちゃんが生まれるとそちらに関心の多くは移ってしまうかもしれませんが。赤ちゃんはなんのために生まれてくるのかと問われれば、それは一片の疑いもなく、幸せになるために生まれてくると私は断言します。赤ちゃんは自分が幸せになる前に、周りの人の人生を底からひっくり返すほどの衝撃とともに幸せを与えてくれます。赤ちゃんが与えてくれる幸せの方が先なのです。ですからすべての赤ちゃんは幸せになる権利があります。当然、赤ちゃんが成長した大人もこの世に幸せになるために降り立ったのです。
幸せの尺度について私は時おり考えます。それは人によってまったく異なるものだからです。私が敬愛する音楽家は、誰もがうらやむような経歴を持ち世界中の信奉者の尊敬を集めるような人物ですが、おれは世界一不幸だとかつて言っていました。一方で、人から見たら幸せに見えないかもしれないけれど、私には教えがあるからだいじょうぶ、とても幸せですという人も知っています。幸せはその人が抱える欠落感と潜在的に結びついていると分析する心理学者がいます。何かに欠落感を強く抱く人は、条件によって欠落が埋められても欠落感が緩和されるのは一時的に過ぎず、心の渇望は昇華されることなく繰り返されます。
理事長通信081003
9月30日という日は毎年私にとって特別な日です。主たる私立小学校の受験時に査収される願書の提出が10月1日だからです。つまり9月30日は、すべての会員さんの願書を入念に読ませていただき、必要であれば添削し、さらに必要であればご父母にインタビューし加筆する私の締切日でもあるのです。わが家庭はこういった教育哲学に基づき子育てを行い、御校の教育理念のこの点に深く賛同共鳴し志を同じくするものでございます、とご家庭の様子をして学校を説得せしめる一大事業が書類上で完結する日です。この時期は毎年お母さまから暖かなお声をかけていただきます。「理事長先生、お体に気をつけてください」「顕司先生倒れないで、うちが願書を書き上げるまでは」その願書の多くに親の思いが書かれています。曰く、「自ら考え判断し、行動できる子に育ってほしい」そうです、大抵の親御さんはわが子にそう願っているのです。そのための子育てをしなければお題目を唱えながら画餅をほおばるのと同じです。
サザエさんを読み返してみたら波平が挨拶にきた新婚さんに「見合いですか、恋愛ですか」と冷やかすシーンがありました。長谷川町子さんもまさかその頃、やがて見合い結婚という形態が激減し、代わりにできちゃった結婚が激増する社会が出現するとは思いもよらなかったことでしょう。できちゃった結婚というのは言うまでもなく進行すべきものごとの順番が大幅に違います。たとえば行列をなして人々が並んでいるとき、割り込みをする人がいようものなら相当の違和感が現場に生じるものです。しかしできちゃった結婚がこれほど増えているのはどうしたわけでしょうか。倫理規範に照らしあわせけしからん!と堅苦しいことを言っているわけではありません。結婚なんて一生に一度しかない人生の大イベントです。(二度、三度あってもおめでたいことですからまあいいとしましょう。むしろ、こりゃ違ったと気づいたらさっさと次に行く方がお互いの幸せのためかもしれません)一応男として、順序立てて事を進めなければ、相手の親御さんの体面もあるわけで、自分たちさえ幸せならいいじゃんでは済まないという側面があることに、結婚という社会制度の周りを囲む塀の高さが表れています。
できちゃった結婚の数が年々増加しているのは、なにも日本が急速に野蛮化しつつあるわけでも男どもが猛々しく胸板を拳でたたきながら大暴れし始めているわけでもありません。その反対に粛々と厳粛なる事実を受け止める男女が増えているせいです。しかも史上かつてない低出生率においてさえこの状況です。プロポーズした女性に体よくあしらわれ、屋台で男泣きにむせぶ男の姿がCMで流れていますが、あれはあれで男らしい姿です。自分で決断できず天災にあったかの如く、なだれに巻き込まれ、流されるに身を任せできちゃったから結婚に至りましたでは、これほど日本の男に意気地がなくなったかと天を仰ぐばかりです。結婚はバンジージャンプではありません。決意する勇気や相手の父親にあいさつに出向く気構えは似たものがあるかもしれませんが。状況によりやむを得ず事を運ばなければならなくなったとか、だれかに背中を押されなければ決断も行動もできない大人にしかなれなかったでは、お母さまが目指す子育ての結果と大きく違うことになります。今日の子育ては20年後のわが子の姿を現しています。
理事長通信081008 山岸顕司
久々に心が洗われる爽快な快挙に、最近苦言を呈するたびにのど元をごろつかせていた異物が溜飲を下げたとともにさっぱりとしました。今年度のノーベル物理学賞を3人の日本人が受賞したことです。南部陽一郎(現米国籍)と小林誠と益川敏英の三氏です。世界中の子どもたちが一度は、いったい地球ってどうやってできたんだろう。そもそも宇宙ってどうやって生まれたんだろう、という素朴かつ永遠の謎に思いを馳せたことがあると思います。3人の研究はその謎を解き明かす物理学上の根幹をなす理論です。
南部教授は、「自発的対称性の破れ」という考え方を素粒子理論に導入し、物質が質量を持つ仕組みを説明しました。まっすぐに立っていた棒がどこかに倒れるように、自然は特別なある方向を選んで対称性が破れるという考え方を物理学に導入し、そのとき質量を持つ粒子が生まれるなど重要な物理学的な現象が起きることを示し、現代の素粒子理論の基礎を築きました。小林誠と益川敏英両教授は、宇宙誕生のビッグバンでは物質と反物質が対になって生まれたはずだが、今の宇宙には反物質は見あたらない。「CP対称性の破れ」という現象があれば、物質と反物質が違う振る舞いをするため、反物質だけが消えたことを説明できるという「小林・益川理論」を1973年に発表し、画期的な行列「小林・益川行列(KM行列)」の計算を通じてCP対称性が破れる仕組みを簡潔に説明しました。また、論文ではKM行列が成り立つ条件として「クォークが最低でも六種類あることが必要」と指摘していましたが、その仮説が実験により証明されたのは2003年のことで、教授の素粒子論に時代が追いつくのに30年もかかったことも同時に証明されました。理科好きの青年(当時28歳と33歳)が語り合った基礎科学上の理論によって、宇宙最大の謎が解明されようとしているのがまことに痛快と私には思えます。後に続け!日本の少年少女。
公教育というものは国民に等しく読み書きそろばんと修身(道徳)を身につけさせるものであると私は認識しています。国語教育を徹底させ、母国語で考えさせ、発言させ、自分自身の存在をしっかりと確認させることがすべての基本です。義務教育とは国民に最低限の知育・徳育・体育を身につける機会を与えるものだと信じています。それは日本国民が義務教育を終えてさらに高等教育を受けないとしても、世界に飛び出して恥ずかしくない日本人としての矜持をもてるまでに仕上げることが必要だと思います。日本に生まれても、日本人になるための教育が行き届かないと日本人になれません。15歳になるまでに日本人になれるよう、そこまでは国として責任を持って子どもを教育しろよ!と私は声を大にして要求したいと思います。私たちが納めているのはそのための税金です。有効に使われることを要求します。道路建設を優先させることが(昭和20年代ではもはやありません)この国の現状に大事なことかどうか、既得権益を守ることに腐心することがどれほど日本の将来を先細りにするか、国の舵取りを担う政権担当者にはたくさん意義ある汗をかいていただきたいと願います。私は頭の悪い人の定義として、大切なものの順番が分からない人、を挙げています。
理事長通信081015 山岸顕司
先週定義しましたが、頭の悪い人とは大切なものの順番が分からない人、についてです。国政を担う最高責任者に大切なことの序列をつける能力がないと国が混迷をきたします。能力がないならまだしも、誤った能力を発揮すると国が滅亡します。国家をもっとも小さな単位で言うなら家庭です。家庭において、子どもと一緒に芝生の上を転げまわって遊ぶ週末より、仲間と小さなボールを芝生の上で転がして遊ぶほうが好きとか、妻の誕生日は忘れて、どう考えても対価に見合わない飲み物を提供する飲食店の女性従業員の誕生日にはそそくさと駆けつけるとか、大切なことの順番がわからない人は間違いなく頭の悪い人です。わかっていても理解通りに実行できない人は心の弱い人です。つまり勉強面で優秀とか高学歴とかは関係がありません。人すべて徳を高めよとか仁者たれと窮屈な提言をする意図はありません。日本が現在、ある時は大事なことを差し置いてまで重視してきた経済においてさえ、多くの高学歴者が混乱のるつぼで攪拌され右往左往しているのは、思考を頭脳にのみ委ね、心に問う判断規範を失ったからです。心の教育を疎かにしたつけです。少なくとも要となる人が腰を据えて主張し続けていれば、判断の規範となる心の教育がおざなりになることはなかったはずですし、研究熱心な国民性からすれば、まして世界に轟くサムライスピリットを内に秘めていた日本人にとって、心の育成を科学することは難しいことではないはずです。慶応会ではひとつの試みとして論語の素読を過去40年間続けています。
心の教育を重視することが重要だ、とはいろいろな機会で唱えられるお題目です。私はだれにもわかる歴史の推移の中で落し物があったように思います。昭和30年代と現在の義務教育で何が違うかといえば、公教育で道徳教育が行われないことと国語教育の内容が三分の一になったことです。止めを刺したのは義務教育期間中の学習習慣を日本の子どもたちから奪ったゆとり教育です。これは戦後最大の戦犯として関係者は裁かれるべきだと思います。今現在、公立の小学校においてクラス運営と指導方法は教師の裁量で実施される範囲が非常に広く、それにより研鑽を重ねた良い教師と指導力のないダメ教師との差が大きいと私は実感しています。授業中の生徒にノートをきちんととることを習慣づける教育は実質的にほとんど行われていません。できない子がいるとその子に合わせるからです。多くの授業は聞くだけ、参加するだけです。その小学生が中学生になった時、授業に集中する気力さえ保てない子に育つことは容易に想像がつきます。
子どもは大人が予想し得るレベルをはるかに超えてさまざまな分野で力を伸ばしてゆくことが往々にあります。子どもの能力を測る尺度は大人の設定した上限とは無縁であることが多いものです。だから子どもの教育には夢があるはずなのに、子どもの能力に差があることがいけないかのような風潮には私は不満があります。私が怒るのは学力低下の問題のみではありません。最大の罪は、日本の男の子から活力を奪ったことにあります。運動会で徒競争の順位をつけないとか、リレー選手を選ぶと選ばれない子がかわいそうだからリレーはやめましょうとか、なにをか言わんや!まず親が人に要求する前に、子育てを通じ自らが学ぶ謙虚な心を忘れていないか、わが身を三省するところから始めましょう。
理事長通信081021 山岸顕司
すべての国において最高の資産は国民です。国民の基礎学力、人間性を含んだ「人」を育てることがもっとも国家として大事にしなければならない事業です。その基本は教育です。義務教育期間中に多大な費用が個別に必要であるにもかかわらず、私学が成長を続けているのは、私学がそれぞれにもつ建学の精神が尊ばれる以上に、現在の公教育が体をなしていないからです。国民に基礎学力が身につくことを保証することを躊躇する国家がどこにあるのか私は問いたい思いです。最低限のことを子どもに強制することをためらってどうするつもりでしょうか。子どもの自主性に任せて基礎学力が身につくわけがありません。区立・市立の義務教育においてはもちろん、学力や体力において個人の能力の差を容認し寛容に運営する必要があるとは思いますが、親や第三者は義務教育が国の機関として機能していることを確認する必要があります。全国統一学力テストは国民の学力を把握するために行われるのであって、できない子を排除するために行われるのではありません。
少なくとも点数の低い地域には子どもの学習習慣の見直しをする機会を作りますし、教師の指導スキルの見直しもできます。点数の公表を拒む教育委員会の言い分は、子どもの競争心をあおるのはよくないとか学力の低い地域や子どもの差別につながるとか、いずれも極めて内向きに私には思えます。動機づけで子どもの向上心は伸びるのです。点数の優劣で人間の価値が決まるわけではない。しかしどんな社会にも、向上するための競争がある。こんな簡単なことを親にも子どもにも言えない教師が増えたことは大問題です。教師に覚悟があれば真正面から子どもに伝えることができます。競争があることを受け入れて積極的に努力する習慣を身につけろ、というメッセージを伝えることもできますし、自分の得意なものを探して一番になることを目指せと鼓舞することもできます。子どもの得意なものを一緒に探せる能力は教師にとって最も求められる資質です。あくまで競争は嫌だし勉強も嫌だという子にも、自分の信じる善きことをさらに突き進めと努力を奨励することは子どもの心をまっすぐに育む上でなんの齟齬もきたしません。ふてくされている子はかまって欲しい子です。その子を見放してはいけません。勉強でついていけず落ちこぼれそうだとしても、教師が子どもの心を落としこぼすことがあってはなりません。競争のない社会をめざす、というお題目は耳触りがいいような錯覚を人に起こさせます。競争のない一律の社会を作った結果、共産主義国家の多くは国そのものがなくなりました。向上心を胸に抱きサルからヒトに進化した人間に、進化の歴史を逆走することなどできません。
教師の質を高めること。すなわちそのための研修を充実させること。一般企業で勤務をし社会経験をさせること。少なくとも大学を卒業後、一度も学校以外の環境に身を置かず、終世学校の中で暮らす人が先生としてふさわしいとは私には到底思えないのです。裁判所の判事も同じです。つまり世間様というものがよくわからない人が、人と人との間で起こるさまざまなもめごとについて適切な仲裁ができるわけがないというのが私の信じるところです。
理事長通信081029 山岸顕司
教師の社会研修を充実させてほしいという私の願いは、公的なプログラムを公費で行う、最低限の技能教育も行わず、現場に立たせることもあってはならないことです。よくファーストフード店で新人の接客訓練を客で行う店を見かけます。店の奥で先輩店員が客に扮し新人に接客訓練を行い、初級接客訓練に合格した新人がレジに立つのではなく、客を相手に新人を訓練し、先輩が後ろから指導している店があります。出される商品がファーストフード程度のものならがまんもできますが、学校が預かるのは私たちの大事な子どもです。うちの子で訓練するな!と大声で言いたい思いです。
小学校など特に子どもが大失敗をしでかしたり、けんかをして取っ組み合いをしたり、逆に陰湿ないじめが起きたり、その他ありとあらゆるトラブルが毎日起こっても不思議ではありません。なぜならそれが子どもの社会だからです。そこに足を踏み入れ果敢に向かっていくには勇気が要ります。経験に裏打ちされないと勇気など湧いてくるものではありません。大火災現場に消防士が飛び込んで行けるのは訓練と経験を積んでいるからです。同様に訓練と経験で人間力を磨かなければ、とても子どもたちを引っ張って行くことなどできないはずです。たとえ先生の対応がへたくそでも、困難に立ち向かう気力が先生に見られれば子どもたちはついていきます。へたくそでも人間味溢れる熱心な先生の方が先々良い先生に成長してくれるものです。この辺が成績優秀であるという理由で先生になる人との違いが現れます。
とになることがないように人対人のスキルを高めることが重要です。
大事なことに目をそむけず、きちんと教師が生徒と親に向かい合えば多くの問題は解決できます。学校の中にもさまざまな競争があります。他人との競争もあれば自分との競争もあります。競争に勝った者には拍手を送り、負けた者には努力を労い、一人ひとりの心に届く声をかけていくのは教師の務めです。難しい仕事です。立派な人である必要も人格者である必要もありませんが、人間関係においてはひと一倍の自己研鑽が必要です。現場教師に人間力が足りないから一律に運営できない、すると現場の教師に努力研鑽をさせるのではなく、対応しなくてもいいようにテストの制度そのものをなくしてしまおうということになります。学校内部の現状が惨状と同義語なのは教師同士が横並びで、先輩教師が後輩教師を叱ってでも指導しなかったことに原因があります。まず教師間で健全な能力競争を始めるところから改革は始まるのではと提言します。
理事長通信080425
外国語を母国語であるかのように流暢に操る、ということができる人は日本人からすると憧れの存在です。それほどに単一言語の環境で生まれ育つ日本人が外国語を習得することは難しいことです。昔、タヒチで顔なじみになったホテルのビーチ番の男がいました。おおがらで人なつっこい笑顔が和ませる男でしたが、同時に規律正しく礼儀作法にうるさく、尊大なヨーロッパからの客にも儀礼としてあいさつを要求する男でした。だれに対しても人間関係をきちんと結ぶことを旨として胸を張って生きていたのです。彼はポリネシアタヒチ人です。彼の地はフランス領ですから学校教育はフランス語で行われます。そういえば以前フランス人がなぜ2ヶ月もの夏季休暇を取るのか、それは戦前タヒチへの往復が船で1ヶ月かかったことの名残だと左岸でアンティークの店をやっているマダムに聞きました。もちろん現地での生活はタヒチ語です。ただしテレビも生活環境もフランス語があふれていますから普通にバイリンガルとして育つ条件が整っています。学校では選択で外国語を学べるので、彼は英語を履修し英会話を実用レベル以上に身につけました。実際彼の仕事ぶりを観察していると、ホテル内の接客業務はすべて英語でこなすことができます。物怖じせずどんな客に対しても丁寧に対等に向き合う彼はタヒチ人を代表する若者の一人でした。私は考えました。日本人で英語とフランス語が使えたら外交官になれるだろうなと。
国連での代表演説を聞いていると、しばらく聴いていないとそれが英語であったことに気づかないような発音でスピーチをしている人が珍しくありません。これは発音時の母国語干渉によるものです。母国語の発音、特に外国語の母音を母国語にある音に置き換えて発音するためです。江戸時代には現代の日本語にはない中間母音が2音発音されていたようですが、現在の日本語には母音が5つしかありません。英語の母音は日本語で発音しない音があり、聞けない音は発声できないという原則どおり日本人にとってその習得を難しくしています。しかし本来日本人は新しいものを摂取する好奇心とエネルギーは旺盛で、たとえばネイティブの発音する「American」を聞いて「めりけん」と日本語で表記したために生まれた発音は西欧渡来初期の和製英語です。メリケン英語は馬鹿にしたものではなくて、現在「アメリカン」と発音するよりもアメリカ英語の原音に近いですし、実際の話、ニューヨークのレストランで新人ウエイターにウォータープリーズと言っても決して通じないがワラプリーズと言えば必ず通じるという苦笑話も学問的にどうかという議論を横に置けばそのほうが確実に通じるでしょう。
母国語以上に外国語を高度に習得することはできない、と私は信じています。まず母国語を高度に身につけること。なぜなら母国語すなわち文化だからです。一週間でも留学をすればすぐにわかることですが、話すことより聞くことのほうが難しい場合が多いことがわかります。さらに少し経つと英語が話せないこと、聞き取れないことで困るのではなく、話すことがないことに困ることに気づきます。中学レベルの英語を履修した経験があれば、へたくそであっても英語の文章を作文して発音することはできます。相手に忍耐力さえあればしどろもどろの英語でも聞いてくれます。これは英語力の問題ですから。しかし話す内容がなければ人間力を疑われてしまいます。耳を傾けて聞くほどの人物であれば人は話を聞いてくれるものです。そうでなければ英語が不自由な外国人のひとりとして括られてしまいます。
理事長通信080520
来世はなにになりたいかとか、今度生まれ変われるとしたらどんなふうになりたいか、といった問いかけは時々耳にしますが、それらは大抵今よりも先の時代に、という前提があるようです。私は今生が終わると肉体は焼かれ灰となり、魂は天空に上り、天上の世界では現世での記憶がすっかり洗い落ちるまで泉で水浴をし、新たな肉体を神様からいただきまた地上へ降り立つという空想をもっています。空想の続きをするなら、そこには時間の概念で縛られることもないのでどの時代に生まれ変わることもできそうです。さあ、どの時代に生まれ変わりたいか、それは歴史を検証した上で、どの時代のどの国の一員に参加したいかということであり、さらに広げるならどの時代の地球が一番美しいかを考えることです。
地球環境を今よりも良い状態で次の世代へ引き継ぐために自分が心がけて実行していること、これが自分なりのエコロジーでしょう。最近街頭インタビューで、わが家のエコは子どもにごはんを残さず食べさせることですと明るく語る主婦がいて、私は思わず噴飯しました。あったりまえの食育やしつけまでがエコロジーに参加する心地よさにたかるところに意識の浅薄さと解決されない深刻さがあるように思います。人類の進化によりもたらされた道具のほとんどは利便性を追求したものであり、それらは人間のそれまでの努力をあざ笑うがごとく生活を簡便にしてきました。確かにかまどに薪をくべて炊き上げるご飯には、そこにその人なりの工夫が盛り込まれ格別の味があり、情感も満点で多くの感想が並べられるでしょうが、毎日の煮炊きがそうであったとしたら担当者、主に女性の負担は重大です。そうした時代には女性の社会参加など思いも寄らぬ現実だったでしょう。発明は必要の母であるという言葉通り、時代の要請により多くの技術改革が行われ、確かに生活一切の労働は軽減されてきました。引き換えに失われたものはなんだったでしょう。手に入れたものは、どこまでが本当に必要なものだったでしょう。これは個人の価値観や尺度で検証してみてみると面白いでしょう。
時代を反映するものの中で大きなものは時の権力を象徴する建造物です。特に為政者が建立した寺院や伽藍や神社、神殿はその時代にしか起こりえないさまざまな特徴があり興味は尽きません。ピラミッドも一種の宗教建造物です。納められた収蔵品もすべてその時代の哲学により生み出されたものです。形あるものはすべて壊れるというのはある意味真実で、人がどれほど丹精こめて作り出したものであっても、保管や保存が適切でなければ元のままの状態を保持することは難しいでしょう。強大な権力を手にした為政者が作った建造物が次の時代の為政者により破壊されることは、盛者必衰の理をあらわしたものでしょう。ただし、大地の環境が人の手により限度なく壊されていくさまを目の当たりにするのは祇園精舎の鐘の音を馬耳東風に聞き流すようなわけにはいきません。なにかを残すために大地が切り崩される、もっと悪いことは単純に消費のために大地が破壊されていく、どこまでが許容範囲なのか、どこから先を限度とし進む足を止めるのか、個人のひとつひとつの決定が重要となる時代に私たち全員が生きています。「わが子がその子を連れ、緑の森で深呼吸できる地球を残すこと」、当たり前の未来がいまや主要テーマの中心に位置しています。
理事長通信080512
ゴールデンウィークの間、特に大きなイベントを設けるわけでなく、家族とずっと一緒にいられることを私はただ楽しんで過ごしました。昭和の家族がそうやって過ごしたように、というのが意識下のテーマです。親から子に伝える大事なことは、子どものコントロールが利くうちに叩き込んでおかねばという、まだのんびりとした危機意識もあります。家族で過ごす時間を疎かにすると先々家庭の運営に破綻をきたすでしょう。というのも子どもからすれば普段ロクに顔も合わせない、これといった会話もない親から、こちらの都合の悪いときだけ小言を聞かされカミナリを落とされるのでは聞く気にもならないといった事態を招くことが明らかだからです。地震・雷・火事・おやじというのは、かつて怖いものの定番を言い表していました。父親が家庭不在である社会状況が一般化し、その姿を家庭で見かけなくなる昭和50年代から、子どもが金属バットをもって家庭内で暴れ始め、この言葉も廃れてしまいました。今では表現すら知らない人も多いでしょう。親が怖いから言うことを聞くのは子どもがごく小さいうちだけです。一方で、私にとって大事な人に悲しい思いをさせちゃいけないという心は一生ものだと私は思っています。子どもにとって大事な人になる努力をすることは、人と人との大事な信頼関係の築き方を教えることであり、やがて親自身に返って来る子育ての成果が存在すると思います。
子どもを取り巻く社会環境は一時として留まるところがありません。かつてない「希望がもてない時代」をどうやって生き抜いていくか、その術を身につけさせてあげることは大人の重要な役目です。子どもが将来に対し夢を持てない原因のひとつは、父親、あるいは親が仕事に対して自信を失っていることが挙げられます。やりたくもない仕事をいやいややっている、仕事の不平や不満が親を被い尽くしているといった雰囲気はまわりに影響を与えます。自分がやがて大人になったとき、苦渋に満ちた毎日が待っていると思えば、なんとしても子どものままでいたいと思うでしょうし、逃れる術を本気で模索する方向にエネルギーが費やされるでしょう。子どもは独立するまで社会に守られていることが大前提です。これは、子どもは子どもとしての義務を果たしていればよろしいということです。「子どもの義務」を私なりに定義すると、社会に出る準備として@感謝、礼儀の意味を知り実践すること、A自立する日のために考えて行動すること、Bそのための必要な勉強をし力を身につけることです。社会に出るまではなにも考えなくていいのが子ども時代ではないはずです。かつての社会は子どもが子どものままで社会参加ができるような仕組みがまったくありませんでした。早くから社会に出る子どもは大人社会に組み込まれ、大人の一員として社会に参加していました。ただしいったん大人社会に参加し、つまり働いたならば、大人としての権利を同時に持つことも認められていました。義務を背負う代わりに権利が与えられるというのは理にかなっています。大人と子どもを分けていたのは主に消費の主体性です。だれが稼いだお金なのかということは極めて重要なことだったのです。労働に対する対価としてお金を得ることすなわち大人になったことですが、時代は変わり、子どもでも経済力を発揮する場面があります。難しい時代の舵取りは大人の知恵にかかっています。
理事長通信080519
積ん読のままになっていた本を一冊手に取り広げると、新たな知識と出遭う扉が勢いよく開くような新鮮な音を立てました。もっとゴールデンウィークを呑気に過ごす方法のひとつは、ふだん決して見ることのない曜日と時間帯にTVをつけることです。帰宅したらすぐに見るぞと思い買い込んでおきながらそのままになってしまった、懐かしい映画や音楽DVDも出番を待っています。どれから見ようかわくわくしますが、まずはウオーミングアップです。TV画面は中央アフリカのとある村落で(つまり土着の昔ながらの暮らしが行われている村)飼われているラクダが初めての出産をするというシーンを映し出しています。乾ききった土の上に横たえたお母さんラクダが懸命に新しい生命を産み落とし、その子もおぼつかない足元を確かめながらすぐに立ち上がり、母のお乳を探し当て力強くお乳を吸い始める、というのが予定調和の物語でしょう。ところが、これがさっぱりうまく運びません。まず母ラクダに赤ちゃんを産み落とす力が足りず、村民2人がかりで赤ちゃんを引っ張り出し、ようやくの誕生です。さらにふつうなら数分で立ち上がるはずの赤ちゃんラクダが5時間経ってもてんで足腰が決まらずお乳にありつけません。そうこうするうちに体力を消耗しきって幼い命ももはやこれまでという状況になりました。村民が搾りたての母乳をカップに注ぎ赤ちゃんに飲ませながら、足腰を支えつつようやく8時間を経て立ち上がりました。あらゆる生命がたくましく生き、次の時代に命をつないでいるはずのアフリカの地でこのありさまです。文明国の人間ばかりでなく、地球規模であらゆる生物の生き抜く力が弱くなっているのか?と嘆息する結果となりました。生きる力を目の当たりにし感動するはずのドキュメンタリー番組が、思いがけず危機警鐘特別番組のようになってしまいました。
文明が進化すればするほど人間が馬鹿になるといったのはどの時代だったでしょう。戦後日本の文化的衰退を憂い、一億総白痴と評した評論家はその後40年を経て、その質的向上は見るべくもなく総数のみ一億二千万になったと言うでしょうか。その間世界はどのように進化したでしょう。日本経済を当て込み、世界中の多くの後進国が日本に援助を求めてきました。今現在も60年以上前から、ある時は戦後補償の名の下に多くの血税が感謝されもしない、結局は返済されることのない借款や援助として投入されています。災害救援など緊急援助は別ですが、本当の意味でその国の援助になるとは国民に食物を与えることばかりでなく食物の作り方を教えることであると私は思います。もっと言うなら産業をその国で起こせるよう指導すること、国民が自立し国として自立できる手段を身につけさせることが真の援助でしょう。技術援助の人的交流が第一で、現地で尊敬を集める日本人技術者こそ草の根の大使となります。現地の政治家や役人の懐を暖めさせるような金銭援助であるとしたら、その見返りを当てにする権限者は日本を卑しめる国賊です。気骨ある政治家がいなくなったことに明治以降、日本人の品格が迷走する最大の原因があります。幕末から明治維新、さらに日本を一等国に押し上げるために奔走した要人の多くは元藩士です。学問の知識以上に高い徳と大きな人間力を備えた人々です。今子供の心を豊かに育てる教育をせず30年後の日本に期待ができますか?やんちゃ坊主出身の私はその大事さを痛感します。
理事長通信080411
先日、内輪の観桜会に訪れた舅から思いがけぬプレゼントを頂戴しました。40年前、父が独身の頃買った当時最新型の一眼レフカメラです。給料2.5か月分もの大枚をはたいたきっかけは、時代を照合すると、その頃出遭った女性のポートレートを撮りたかったからのようです。青年の志としては極めてまっとうな動機であると時代を超えて私は同意しました。デートの様子はすべからくフィルムに記録され、プリントされた写真の女性が父に向けた笑顔の輝きはアルバムの間で永遠に時間を停めています。父はめでたくもその女性と家庭を持つこともでき、数年後に生まれた娘の寝顔も笑顔も、ぜんぶこのカメラで撮られたものです。私の机の上にお気に入りの写真があります。満開の桜の下で、まだチビッ子の私の妻が姑に手を引かれて並んで写っている写真です。母のお腹は下の子がいるためふっくらとしています。ふたりとも順光を受け、まぶしそうにしかめた顔がほのぼのとした春の陽気に包まれています。家族の笑顔をせっせと切り抜いて記録したカメラは、几帳面な父にしては珍しく垢にまみれてクロームメッキの光沢を鈍らせていました。父の記憶は正確で83年のアメリカ出張で使ったのが最後だ、ということでしたので、今回25年ぶりに革ケースからむき出されてのお披露目です。新しいフィルムを通し、満開の桜に向けられたレンズも晴天がさぞまぶしかったことでしょう。机の上のお気に入りの写真は、残念ながら数度の引越しに紛れネガが行方不明であるとのことです。
インターネットのオークションを見てみると面白いものが見つかります。8ミリというジャンルがあり、そこには今は懐かしの8ミリカメラが相当数出品されていました。ひとつをピックアップしてみると、説明文には「父が愛用したものでフルセットです。私は使いませんのでどなたかどうぞ。最低落札価格なし。ノークレーム・ノーリターンで1円からスタート」などとあり、おいおい君はそれでいいのか?と思わずメールしたくなるような出品者もいます。家庭用8ミリカメラは昭和30年代後半から普及し始め、普及は急速でしたが、家庭用ビデオカメラが開発されると入れ替わりに衰退しました。
技術的に発展したことは好ましいことですが、消費者が困るのは、記録メディアが変わると記録を再生させる機械も変わるという点です。8ミリカメラで撮影されたフィルムは8ミリ映写機でないと再生できません。ところがこの21世紀に新品で購入できる8ミリ映写機などありません。ですから古いフィルムをビデオテープとかDVDディスクに焼き直して、それぞれの機械で再生するという手法がとられています。しかしそのビデオデッキもこの先、全面的にDVDに移行して行くでしょうし、DVDに全面移行する頃にはさらに小型で高性能なメディアが出始めることでしょう。理論的にも情報量を欠落させるデジタル保存より、あいまいで不完全な情報の破片まで留めるアナログ保存の方が私ははるかに好きです。時代はいつまでアナログ方式を残してくれるでしょう。記録メディアがどのように移り変わろうとも、「記憶の中の君はいつも美しい」なんていうのはコマーシャルに毒され過ぎたコピーですね。
理事長通信080418
先日行った幼児英才教室の年長第1回慶應幼稚舎模試でのことです。先生の口頭による指示を正確に聞き取り行動する、指示行動という課題で「どんじゃんけん」を行いました。4月はじめという現時点は、年長児たちの意識がこれから盛り上がる成長過程期ですから、あまり厳しいことは言えません、が。ルールは簡単で、直線上に並べたコーンをジグザグに進み、互いに進んできた双方の組の代表がどんじゃんけんを行い、負けた方は「負けたよ」と発声して次の子が入れ替わりに飛び出して進む。相手の陣地に踏み込んで進んだ組の勝ち、というものです。単純なルールですからルールを正しく理解してあそぶことは基本で、その上で楽しく盛り上がる表情や、声のかけ方、全体のようす、はしゃぎすぎないわきまえなどが評価の対象となります。ところが子ども任せでさっぱりうまく運営できない。まずコーンをジグザグに走り進むことが容易でない子がいる。俊敏さに欠ける。じゃんけんがもったりとしてスピード感がない。勝敗が決まってもすぐに反応が起きない。次の順番の子の反応が鈍い。立ったままで促されないと自分の行動が起こせない。などなど、採点中から教師に困惑の表情が浮かぶことがありました。慶応会の精鋭達は突出していますが、いつもの模試であればどの分野も高得点になる子でさえこの課題ばかりは輝きが半減という子がいます。
いったいなぜこういう事態になるのか、われわれの分析結果は「あそんでない子が増えているのでは?」ということです。どんじゃんけんは教室で時間を割いて指導することではありません。「どんじゃんけん」だの「かんけり」だの「手つなぎおに」だのは汗まみれになれる子どものあそびの定番です。あそびの中で起こるさまざまなアクシデントに対応する力を身につけることは子どもにとってどれほど重要であるか、割り込みをする子にどう対応するか、乱暴な子がいたらどうするか、声のかけ方ひとつでケンカになることもあれば丸く収まることもあります。人間関係の基礎を学ぶのに一番重要なことはあそびが教えてくれます。降園後に近所の子達とあそべる環境がなければ、子どもにとって幼稚園が唯一友だちとのあそびを確保できる場です。母親が幼稚園任せだとしたら、万一幼稚園が積極的に子どもをあそばせていなかったとしたら、子どもは全然あそんでいないということになります。これは極めて危機的な状況です。親が子どものあそびの環境を確保しなければいけない時代に突入しています。たとえば高層マンションに住み、休みの日は気がつくと丸一日地上に降り立っていなかったとなると、幼いわが子にとってその日の人間関係はママ一人が相手であり、ママとの信頼関係を築く基礎となる乳児期はそれでいいとしても、2歳以降の幼児期であればその環境では明らかに不足です。言葉の発達も阻害されるでしょう。家事で忙しいママがわが子との会話や絵本の読み聞かせやその他の言語能力開発に十分な時間が割けなければ、幼児にとって言語刺激が確保できません。もっと悪いことに英語のDVDやビデオをつけっ放しにしようものなら、幼児の頭の中は非常に未整理な状態となるでしょう。昨年までは、あるいは数年前までは指導の必要もなかったようなことが、あえて教室で時間をとって指導しなければならない事態が増えています。生徒さんが「生き抜く力」を身につけられるように我われの指導が担うべき役割が増えていることを認識し、誠実に対応して行きます。
理事長通信080312
人生は選択の連続である。と言うより、何を選ぶかがその人そのものである、と言う方が正しいでしょう。結論を先に述べるなら、自分の人生だから、好きなことをするのがよろしい。但しこれには色々な但し書きと注釈が付きますが。いくら好きでも将来を拓く技能を身につけるために割くべき時間を全てあそびに費やせばどうなるか、進むべき道を踏み外せばどうなるか、そんなことが良くわかっている年長者、子供にとって一番身近にいるのは親ですが、そういう人がわが子に向かってがみがみと小言を言う心を「愛」と呼びます。
日本の歴史をひも解くと、昔々、戦国時代の次の次ぐらいに明治維新があり、軍国主義国家だった時代がありますが、その頃の話です。当時日本で最も優秀で将来を嘱望された若者は(もちろん男子のみといった時代です)海軍兵学校ならびに陸軍士官学校を目指し、日夜勉学と体の鍛錬に明け暮れ、超難関の試験に合格すると、皇国の存亡に際し自らの命を賭すべく徹底したエリート教育を受け、陸、海軍士官となりました。時代は移れど状況を忖度するに、若き士官たちは本当になりたくて軍人になったのかと思います。それは誰かの強要があったのではという話ではなく、自分に適性があり、本人の志望がありそうしてかなえた夢だったでしょうか。なりたくてなったのか、勉強ができ能力的になれるからなったのか、心の深層は一人ひとりに確かめる以外に方法がありません。いずれにしても彼らの活躍母体となる軍隊は敗戦を期にすべてが跡形もなく消え去りました。それどころか日本そのものが有史以来はじめて滅亡の危機を迎えていたのです。日本中の人がそれまで守り抜いてきたあらゆるものを喪失しながら、こんなはずじゃなかったと、先行きにたなびく暑い暗雲に心をつぶされていました。
1980年代以前とそれ以後(具体的に何年と明確な線引きは難しいですが)は就職時の学歴の扱いについて明確な違いがありました。バブル以後、新卒者の就職氷河期を経て現在に連なる就職戦線において、高学歴がもちろんのこと優遇されることは従前通りですが、その流れとは別に大学のブランドにとらわれず、人間力において秀でた人物が欲しいという企業が増えています。そうした中で日本国外の大学を卒業した学生を採用する企業が非常に多くなりました。少なくとも80年代以前は、学者の道を歩むのでなければ留学経験が大手企業への就職に有利に作用することはほとんどなく、アメリカの大学卒業イコール日本での求職ゼロという状態でした。それどころか大卒としての資格の扱いをしないという基準が一般的でした。それこそ咸臨丸、否遣隋使の時代より、よっぽど優秀な人材なら奨学金を得て留学するというエリートコースは存在しましたがその数は圧倒的に少なく、80年代まではアメリカの大学に籍を置くのは日本の大学受験に勝ち残れなかった富裕層の子弟の口実といった陰口さえ叩かれるような側面もありました。そういった将来への困難や中傷をはねのけ学位を取った学生は立派なものです。きっかけはさて置き、入学後、学位を取るまでがんばり抜くことは容易ではありません。好きなことをとことんやり抜ける性質は大いなる才能です。時代の枠組みを超越して進むと時代が後からついて来ることが時として起こります。好きなことを選び、努力を重ね邁進できたなら幸せな人生です。
理事長通信080320
あなたの人生のゴールはなんですか、ときどき耳にするたびに私がどきっとする問いかけです。それは私にはまだ、はっきりと答えられる準備ができていないせいです。ある晴れた平日の昼下がり、新宿御苑で早咲きの桜を見上げて芝生に寝転びながら、枝越しに大空を仰ぎ、地球の周回軌道上で今、ミッションをこなしている宇宙飛行士にエールを送りつつ、地球上にぽつんと存在する一人の人として、私は来し方行く末を宇宙の軌道に投影してみました。
私の仲のいい友人は弁護士という職を選び、激務に粉骨砕身しているように私の目には映りますが、その彼に心の師と仰ぐ人物がいます。その人物は事務所の先輩パートナーで、彼は引退後にどこか南の国に移住し、遊覧船を作り船長になって観光客の案内でもして余生を送りたいという夢を密かに抱いているそうです。その夢をもってして友人の尊敬を集めているのですから、友人も根っこには同じような憧憬を抱いているのでしょう。多くの人が不慣れに心のキャンバスに描く大作の絵は、一種の逃避願望でしょうか。ルソーやゴーギャンを突き動かし絵筆を取らせたのもそういった気持ちかもしれません。それなら私も描きたい気がします。そう言えば20年以上前に、ニューヨークのローオフィスで売れっ子アトニーを張っている日本人にランチをご馳走になったとき、彼が誇らしげに、休みにバハマで仲間の弁護士とトローリングをしてかなり大きな魚を釣り上げたという話をしていたのを思い出しました。そのとき、人生行き着く先は漁師かな、と日焼けした顔で語る彼が輝かしくも見えましたが、彼を知る日系銀行の支店長は、彼の姿を痛々しいと評していました。そのわけは、日本の大学を卒業した後に留学し、ニューヨーク州の法科大学院を出てニューヨーク州の弁護士となった彼は、その資格を同州でしか発揮できない。30代の頃の彼は血気盛んでバイタリティに富み、質的にも量的にも生き馬の目を抜くニューヨーカーと互角以上に渡り合う仕事をこなしていた。しかし40代半ばを過ぎた彼には、母国語を英語とするネイティブのアメリカ人と伍するには、読みこなす書類の量がもう体力的に追いつかない、少なくとも30代にこなせた量はもう消化できない。一方で収入は上がり続け、それを支えるために仕事の質も量も上げていかなければ成り立たない、彼の行く末は、来年はおろか今年でさえ決して平坦ではない。先輩としてそれが心配だ、まあ多くのニューヨーカーは似たりよったりだが、ということでした。
引退して別の人生を送ることを夢見ている。そこに多くの人が色々な夢を描いている。それに異存はありません。私は若くして親の資産を受け継いだ友人を何人か知っていますが、そのうちの数人はもう先立ってしまいました。必要に駆られて働く必要のないことは決して楽でもなければ幸せなことでもないことは、どうやら事実のようです。私は地球を回る円周軌道に自分が乗っている姿を思い描いています。打ち上げに要した爆発力は必要なく、もはや自分を突き動かすために必要なエネルギーはほとんどいらない。まったくの自然体でそれまでの仕事をし、人のお役に立ち、社会に貢献できる、そういう自分の姿を思い描いています。
理事長通信080326
人生で大事なのは「あいうえお」なんだよ、という老人と会いました。人生で大事な「あ」と言えば愛、いとは家、つまり家庭だそうです。なるほど。ではうは運、ほうほう。えは縁、そしておは恩。腑に落ちる明快な解説です。調理に大事なさしすせそほど有名ではありませんのでその方の創作でしょうか。愛と家と運と縁と恩、人生でそこが満ちれば幸せであるというのは心の教育に打ってつけでしょう。少なくとも「人生では次の行の冒頭が大事なんだ、か行だ。かとくれば何だ?ほら大事なものだ」という教育はアンダーグラウンドの物販会社での新人研修で洗脳に使われそうな台詞で、成長期の心を歪めそうです。序列をつけるから話しがややこしくなるのでかかり結びにするとどうでしょう。「あいうえお」の次に大事なのが「か」だというのは多くの人が心の中で納得できるものかもしれませんし、「あいうえお」を支えるものとして「か」は力を発揮するという言い方もできるでしょうし、「あいうえお」を大事にすると「か」が満ちてくるというのは人生という実態に即しているでしょう。
就職情報誌のコピーだったでしょうか、出典が心もとないのですが、「成りたい人になる」といったコピーがありました。あるいは「やれる仕事でなくやりたい仕事をやる」といったコピーも記憶に残っています。どちらも自分の資質と性向をよく見極め、自分が本来の力を発揮できる仕事に就くほうが幸せになれるよ、といったものです。社会が高度に進むことは経済の発展が並行して達成されることを意味します。経済発展のない社会の高度化は、近代において主に東欧で大規模な実験が行われましたが、これは机上の空論として片付けられる結論を得ました。この結果、経済力が高いことは高度な社会(なにをもってして高度?)という関係が決定したように見えます。人を量る単位に経済力が押し込まれそうなのは現代が抱える危機感の現れでしょうか。そういった社会下で人が持つ幸せというイメージはある一定方向のベクトルを指し示しているのに対し、人がそれぞれ持つ価値観の尺度は人それぞれです。人が混沌とする理由の最たるものは、ベクトルの向きと尺度が心の中でばらばらであるからだ、といのは東中野にある進学塾の理事長の言葉です。
私の友人に外科病院の跡取り息子がおりますが、その人物は幼い頃からの「あいうえお」のおかげか、比較的心の豊かな好人物に育ちました。高い教育の成果として外科医になることもできました。しかし、研修医になった段階で、自分は血を見るのが大嫌いであることを自覚したそうです。困った。本人も困るがもっと困るのは彼に治療される患者です。元バンドボーカリストですので、医局にこもり、歌って踊れて切れない外科医として愛されながらも困った存在だったところまでは交流がありましたが、その後の彼はどうなっているでしょう。同じバンドのリードギタリストは、ソロの早弾きが得意だからという理由で外科医を選びました。彼は巧緻性も大得意で、工作や切ったり貼ったりが大好きなので移植が専門という、患者が知ったら首を傾げそうな動機で専門を突き進んでいますが、好きこそものの上手なれの如く、別の大学から引き抜かれるほど腕が立つ彼は、自分の特質を活かして社会のお役に立っているようです。
理事長通信080402
宝くじの一等賞金には上限額が設けられています。数年前まではその上限が1億円でした。それが徐々に緩和され現在は3億円となっています。確定申告後は60%ほどになるそうですから、日が落ちると紫紺の毛せんの上に宝石箱をひっくり返したような眺望のある高層マンションに一室を購入できるでしょう。戦前の宝くじ一等賞金は当時の物価に照らし合わせると、都内一等地に家が建つといった額だったようです。ライカ一台の値段が郊外に一軒家が構えられる額であった時代の話です。等式で結ぶとカメラ一台に若干の係数をかけると現在の一等賞金か?と考えると頭の中で価値観に齟齬をきたし混乱します。そもそもなぜ賞金に上限が設けられているかというと、人心の射幸心をむやみにあおることを控えるため、といった理由であるそうです。なるほどと言うか、大きなお世話と言うか、心の持ちようまで官のお世話になどなりたくないと私は思っています。世の中にはお金では買えない幸せがあることなどだれだって知っています。しかし幸せの一部分はお金があれば実現できることもあります。心の悪魔が本来人の持っている心に蓋をかぶせ、邪悪な活動を人に始めさせるのはどんな時でしょう。
80年代終わりのプラザ合意後、日本では行き場をなくした円が土地投機に集中し、少しいびつでしたがバブルという急高度経済成長がありました。土地高騰により持ち家が遠くなった人(主として住宅購入時期の若い層)には不評でしたが、全国の持ち家の世帯主には多くの経済効果を波及しました。その後に起きたITバブルと決定的に違うのは、ITバブルが極めて限られた人にしか恩恵をもたらしていないのに対し、元祖バブルはその真っ只中で踊る人ばかりか、取り巻く周りの多く人にも恩恵をもたらしていたことです。その時期、西麻布、霞町から天現時、白金周辺には、今では死に絶えた言葉ですが、ヤンエグ(ヤングエグゼキュティブの略語/若くして仕事に成功し経済的にゆとりのある独身男性の呼称。または語源を離れ、若くてエグい男たちと彼らを揶揄した蔑称)の溜り場があり、イタリアンレストランやオープンカフェには夜ごとヴェルサーチのスーツに身を包んだ30代の男たちが現れ、トレンディドラマ(これも死語となりました)ばりに自己演出するのを傍目で見ているのはおもしろいものがありました。そんな光景だって文化の爛熟期にはよくあることで、エコールドパリの頃のモンパルナスだって革命前のハバナだって同じようなものだったでしょう。
陽だまりがぽかぽかと湯気を立てそうに暖かな日曜日、友人たちとレストランのテラスでブランチをしていたときのことです。地上げで一世を風靡したある先鋭デベロッパーの社長婦人(まだ20代)が、無邪気な声をたててあそぶ幼い子を囲んだ家族連れを羨望のまなざしで見つめ、うつむき、首を振りながら発した一言「あれだけはお金で買えない」というのは時代を切り取る風刺の効いたギャグの傑作と印象に残っています。射幸心を突き進む時代は今までにもありました。繰り返し起きてきました。でも人が求める幸せの本質はその人の心の中にある。ファッションに流行があるように、よそ行きを季節ごとに着替えるように、外見は変わるけれど中身は大して変わりはしないと思うのは私だけでしょうか。
理事長通信080214
コルトレーンの吹くサックスの名曲、My favorite thingsはジャズファンならずとも心を揺さぶられた方がいらっしゃることでしょう。私は18インチのアーチトップギターを抱え、この曲に挑戦したことがありますが、なまじっかの腕前でオリジナルの名演に迫れるものではありません。難しさだけが思いに残りました。ところがアレンジをまったく変え、しかも映像と結びつけると、それも四季の織りなす飛びっきり美しい頃合の京都に借景すると胸に迫り「そうだ、京都行こう」とJR東日本の術中にはまることになります。季節初めのこのCMを見るたびに私は全身が総毛立ち、身もよじれんばかりに京都に行きたくなります。
京都へ行くと私は決まって青蓮院に立ち寄ります。むくむくと力こぶを天に突き上げるような楠を見上げ、再びこの地に立つ嘆息を深々とつきながら門をくぐり、小御所に座して東山から降りてくる風にそよがれるうちに、心に平穏が訪れます。京都と言っても一泊の旅なら訪ねられる範囲はたかが知れています。洛北をまわって嵐山あたりへ出かけるときなら、しかも時間に制限なく留まれるときなら龍安寺は是非とも寄りたい魂の精錬場です。桜の頃に間に合わなかったときでも、石庭の壁の向こうからしなだれる枝垂桜にはちょうどいい頃ですし、真夏の照りつける太陽に脳天を焼き尽くされそうなころも、自分の中で何かを振り切りたいときにはおあつらえ向きです。石庭に紅葉が降りかかり庭に流れを作る眺めも、小砂利の波紋がうっすらと雪の冠をかぶり始める風情も、どれも味わい深いものです。魂と向かい合いたいときは、抽象的なものに思いを投げかけると自分の心が投影されて返ってくるようです。
石庭に向かうと左の肩越し後方に茶室があります。非公開なので中のようすはうかがい知れませんが、入り口近くには侘助椿が遅い春に彩を添え、手前の蹲(つくばい)が清涼な水をたたえて迎えてくれます。蹲は厚く丸い石板に古銭を思わせるデザインで、掘り込まれた文字は、中央の水口を漢字の「口」に見立て、周りを囲む四文字がそれぞれかんむり、つくり、あし、へんを共有し「吾唯足知」と読ませます。知足の心を図案化した仏教の真髄を表しています。茶室に入る前からもう悟りを得たような気分です。21世紀の現世での日常は、欲と煩悩に流されることと同義であるような錯覚に支配されがちですから、時々魂の置き所を自分で確かめることは必要でしょう。
向上心の塊を抱いた66歳がいま脚光を浴びています。馬術競技でオリンピック代表に選ばれた法華津選手です。44年ぶりの代表選出は、もっと上手くなりたい、もっと技術に磨きをかけたいというあくなき向上心の賜物であることは間違いありません。その努力と精神力を讃えるとともに、知足の心と正反対の、もっと上に、もっと高くという心の奥の欲求はどう考えればいいのかと私は立ち止まります。煩悩を離れることが心の完成という教えが宙に浮きます。欲を追うのでなく、自己を研鑽して自分を高めることで欲を超えると、やっかいな欲が昇華できるのでしょうか。わかりません。私には修行がまだまだ足りません。
理事長通信080108
みなさまとご一緒に新年を迎えられたことに感謝し、この一年も生徒さん、ご家庭のお役に立てる慶応会であるよう努力を続けます。
昨年末、この時期恒例の中学入試面接講座が始まりました。毎年、中学受験を控えた会員さん、また会員外の方と一対一で対峙し、その子の持つ可能性を最大限引き出す努力をしています。よくお伝えすることですが繰り返し申しますと、面接講座で私が教えることは面接のテクニックではありません。面接に臨む準備でもありません。12歳の少年少女としてなにが大切なことなのか、心と態度を徹底して教えます。子どもの心に魂を入れること、それが私の仕事です。私の仕事は生徒さんを育てることに留まりません。お母さま、お父さまにも改善が必要と思われることがあればお耳に届けなければなりません。その結果良い方向に変わっていただければ、これはこれでご父母も育っていただいたことになります。もちろん慶応会の指導部、講師、事務も私が必要と信じたことは些細なことでも注意し、日々改善を図ります。慶応会に従事する全員が理事長と志を同じくして人助けにより邁進できるよう、私の努力が終わることはありません。
もともと優等生出身でない私は、他の人と人を見る視点に違うところがあるようです。子どもに関して言うなら、私はやんちゃ坊主や大人の思い通りに育たない子というのが癇に障りません。ついつい親に叱られがちな子の気持ちが良く理解できます。というより私は、子どもは親を育てるために生まれてくる、親にとって自分に足りないことを子によって学ぶこと、それが神様から与えられた宿題であると信じておりますので、親にとって出来のいいわが子というのは神様から与えられないはずなのです。そういう視点で子どもを観察すると、学科の評価とはまるで違うその子の評価が浮かび上がることがあります。学校は面接で子どもの何を見ているのか、一言で言うと、勉強の出来以外の人そのものを見ます。高校、大学受験のAO推薦入試は今後確実に増えてゆきます。それは社会を取り巻く事情が様変わりし、人そのものをよく見ないと学校運営が困難な状況が増えているためです。勉強以外のその子のもつ可能性を積極的に評価する意味ももちろんあります。中学入試でも、今後確実に入試で面接を実施する学校が増えます。
慶応会の面接講座で私が重視しているのは、当然のことながらまずあいさつがきちんとできるか、礼節を家庭で教わっているか、次に生活面で自立しているか、そして自分の頭でものごとを考えて生きているか、一言で言うとこの年になるまで、自分で生きているのかそれとも息をしているだけなのかを見ます。簡単な質問をいくつか重ねることでそんなことはプロにはすぐに見抜けるものです。過去20年、入試の現場で見ていて強く実感するのは、目を引く子の中には、学科の成績で得点が高い子と人間として徳が高い子がいること。そして両特質が一致する子もいれば、どちらかしか持っていない子もいること。どちらかしか持っていない場合、人間として徳の高い子には、今後の可能性が極めて期待できること。学科だけ優秀で人間がだめという子の将来は相当悲観的であることです。
理事長通信080116
人間とは考える葦であると哲学者は語りました。我思う故に我在りと別の哲学者は言いました。人間とは思考する生き物です。人ばかりが考える生き物ではありませんが、生きるために、生き残るために考えるだけでなく、英知をより研ぎ澄ますために考えるのは人間です。考えることが手段であり目的であり、考えることが善であるというのは人間だけのことでしょう。では考えるためになにが最も必要かと問われれば、それは生きることだと私は答えます。
生きていくことは容易なことではありません。私は心に迷いを生じたとき、よく自然の中に身を置いて考えます。考える前に森や渓谷に佇んで、まず自分がこの場で息をしていること、自分の足で地面を踏みしめて立っていること、自分が鼻の頭に冷たい風を感じたり、木々が揺れるたびに木漏れ日に目を射抜かれるまぶしさを感じることができることに感謝して時間を過ごします。なにもえさが見あたらず飛び去る鳥とすれ違ったり、渓流の石の下で身を縮めて冬をやり過ごすサワガニを見つけたりすると、生きていくのは本当に大変なことだなと、それぞれの生き物を思います。答えを探しに出かけ答えを得ることもありますが、新たな疑問を抱え込み、重い想いを肩に食い込ませて帰ることもあります。経験を重ねたせいで悩みに対する答えが一対一で返らず、ひとつの悩みが多くの判断を平行に巻き込むせいです。学生時代の試験には必ずひとつの答えが用意されていたのにな、答えはたったひとつだけ。知恵が深まるとは判断の悩みが増すこと。
人間は自分が好きなこと、または得意なことに対面すると行動を起こすスイッチがONになりやすいと言えるでしょう。好きこそものの上手なれと言う通りです。自分の好きなこと、得意なことが受験教科の中にあればずいぶん有利なことですが、現実にはなかなかそうはいきません。世の中には知的興味への理解度を数値化する偏差値というものがあって、これは世の中のありとあらゆる興味の中から、極めて局地的な部分に特化して、その出来具合を測るものです。絶対に負けるはずのないクロール100m記録や、だれもが舌を巻くオリジナル創作料理のレシピ100種類や、みなに感動を呼ぶ絵を描きためたスケッチブック100冊というのは名門校の入試に出ることはありません。それより無駄なく中学受験の主要4教科で得点するほうが中学合格にはずっと近いのです。主要4教科と同じように大切な、その人となりというものはぜんぜん入試では評価されません。わずかに面接を実施する学校でも、せいぜい全体の10%程度しか評価対象になっていません。これが教育全体を歪めていると私は思います。自分と向かい、人間力を磨く機会が排除されているからです。人は目標がなければ、自分を高めようと何か行動を起こすことは難しいものです。しかし同時に、経験の不足している中でなにか行動しなければ、目標も見つからないものです。そのためにちゃんと日々生きているのか、それとも息をしているだけなのか、この違いは大きいです。社会に巣立つまでは親が守ってくれます。親の翼の下はあったかで居心地がよくて心が安心できる場所です。そのぬくもりに感謝しながら、自分がどう生きるか、どう行動するか、生活の中に「行」がある子は心に魂の入ってる子です。
理事長通信080125
工業製品というものはさまざまな形で生活と結びついています。そして振り返ると、工業製品という役割を越え、時代を代表するイコンのように記憶の中で燦然と輝くものがあります。私は昔から機械類が大好きでしたので、眼を引くものには敏感でした。私が子どものころ、社会的に成功した大人が持つカメラはドイツ製、時計はスイス製と相場が決まっていて、その存在の崇高さは圧倒的でした。
ドイツ工業の超一級ブランドであるライツが歴史的名機(今でも)ライカM3を1954年に発売し、距離計連動カメラを作っていた日本の多くの中小カメラメーカーは倒産に追いやられました。日本どころかお膝元のドイツのツァイスでさえライツには足元をすくわれました。ツァイス・イコンという会社は21世紀でもカール・ツァイスの名称で知らぬ人はいないほどの光学メーカーの大ブランドですが、もともとは1926年に第一次大戦敗戦後のドイツ大不況下で誕生した会社です。誕生というより、エルネマン、イカ、コンテッサ、ゲルツなどドイツを代表する光学メーカー4社の大合併により生まれた会社で、日本でたとえるならソニーとパナソニックとニコンとキャノンが合併したような大企業です。それほどの大資本を持つツァイスがドイツの一地方中小企業であったライツの技術力に負け、35mm距離計連動カメラの市場を明け渡しています。日本の四畳半メーカーと揶揄された小規模の企業が店をたたんだのは当然の流れで、日本ではそれを機会に距離計カメラに見切りをつけ、巻き返しは次の流れを読みきった一眼レフ時代の到来に照準を合わせたことに始まります。1950年代の最後に日本光学からニコンFが登場し、機能、システムの発展性、耐久性、価格などあらゆる点でドイツ製カメラを凌駕し、あっという間に市場を席巻しました。ツァイスの一眼レフカメラ撤退は72年、ライツは76年に会社そのものがなくなってしまいました(スイス資本により再建)。ヨーロッパ諸国またアメリカでは悔し紛れに価格面の競争に勝てなかったようなことを言い連ねておりました。つまり当時まだ労働力が安く、生活水準も低かった後進国の日本において実現できた製品価格であり、先進国でそれは成し得なかったという主張ですが、それはウソです。なぜなら日本製カメラに対抗し、ニコンよりもはるかに安いカメラをツァイスでさえプライドを置いて市場に送り出しましたが、数年を待たずカメラ市場からの撤退を余儀なくされた結果がすべてを物語っています。価格ではなく性能で打ち負かされたのです。性能で負かされたとは頭脳で負けたことを意味します。
Zunowという一眼レフカメラがニコンFに1年先立ち1958年に東京で誕生しました。ズノーと読みます。もちろん頭脳をもじった名称で、ズノー光学工業が世界初の技術を実現させた一眼レフカメラです。現在、新製品として市場に出るすべての一眼レフはクイックリターンミラー※1と完全自動絞り※2を備えていますが、※1.レリーズを押した瞬間にミラーが跳ね上がり、シャッターが切れ、すぐにミラーが戻る装置。※2.絞りは開放のまま明るいファインダーを見ることができ、シャッターが切れる瞬間に絞り込まれ、すぐ開放に戻る。このためファインダーは常に明るい。これが53、4年のズノー光学の特許です。
理事長通信080204
ズノー光学工業は戦前に帝国光学研究所として誕生し、技術力をつけ海軍指定工場となり、世界で最も明るい照準器用レンズを開発し名を上げました。戦前はツァイスを代表としたドイツの工学技術が世界標準でしたから、レンズ開放値の明るさで日本製品が世界一を取ったなど史上始まって以来の大快挙で、ニューヨークタイムズでも報道されるほどでした。このようにズノー光学工業は発祥の時点より生粋のレンズ屋です。戦後は戦時下で活かしきれなかった技術を民生化し、超一級の光学製品を産出する会社となりました。21世紀になっても昭和20年代から30年代にかけて作られたそれら35mmカメラ用の(ライカ用、ニコン用、コンタックス用)交換レンズは、発売当時の価格を10倍も上回るプレミア価格で取引されています。
ズノーカメラは一レンズ制作会社から、世界初の特許を搭載した一眼レフカメラメーカーへと飛翔することを期した夢のカメラだったのです。ズノーカメラを見てまず思うのは端正なその姿です。それは私に限らず多くの人の文章で語られています。だれもが口を揃える表現が「端正」というのは、いかにデザインの趣旨が徹底して製品に投影されたかを物語っています。一眼レフカメラを外見上もっとも特徴付けているのは言うまでもなくペンタプリズム部の形です。初期においてはカメラの頭に三角形のプリズム部が乗っているのが一般的な形でした。ズノーカメラの四面に切り立ったペンタプリズムは斬新で、後にも先にもこのデザインはズノーカメラの他にほとんど例を見ません。その端正なデザインを作り出したのがGKインダストリアルです。カメラのデザインだけに留まらず、Zunowの独特なロゴデザイン、パッケージや解説書、パンフレットのデザインなどを総合的に行い、今で言う企業CIを時代に先駆けて行ったことでGKインダストリアルも名を残しています。
ズノーカメラのデザインテーマは「能」でした。日本が鎌倉後期以来、歌舞伎と並んで世界に誇る伝統芸能である能の精神を、カメラのデザインテーマにしたこと自体が斬新なことでした。その角ばったボディは空間そのものを区切る役割をし、ペンタプリズムはまさに四方に切り立ち、それは能舞台の屋根を思わせます。見所(客席)から見る正面には大振りな松の絵柄の鏡板に代わり、Zunowのレタリングが施され、舞台へと通じる橋懸(橋掛かり)は細い巻き上げレバーがその役目を果たし、先へ続いてからの広がりはシテ(主人公)の控える鏡の間に通じるかのようです。見ようによっては厳島神社の能舞台を思わせる佇まいがあります。ボディの裏ブタはちょうつがい式でなく取り外し式です。これはカメラサイド部にヒンジの凹凸を持たず、どの角度から見てもすっきりとした印象を与えます。「簡素の美がある」とは昭和34年6月のアサヒカメラニューフェース診断室で評された言葉です。私見ですが、時代を代表するイコンとして燦然と輝く美しいデザインのカメラだと思います。
理事長通信080206
一瞬の栄華を誇り、瞬く間に滅び去った兵には、いったいその勢力がどのように勃興したのか、またなぜ大成し得なかったのか、時を経て歴史から俯瞰すると、そこから多くの教訓を得ることができます。ズノーカメラのプロトタイプは昭和33年の正月に完成しました。世界一明るいカメラ用レンズを設計開発した光学チームが一眼レフ用に新たにレンズを開発し、世界初を実現した内部機構のメカニズムはGKインダストリアルによる「能の精神」をイメージしたカメラボディに包まれ、世界に飛翔するために産声を上げたのです。創業者である鈴木作太社長はその出来栄えに成功を確信し、量産態勢を整えていきます。製品ができれば次は販売です。販売戦略の広報活動は昭和33年4月に目黒の椿山荘に報道関係者を集め発表会を開き、また8月には三越本店にて一般向け発表会を行い、一週間の会期中に5万人を集め、カメラファンの耳目を集めることに成功しました。にもかかわらず市場に出たズノーカメラは極少数で、誕生と同時に早くも幻のカメラとしてしばらくの間、衆目の関心を引くことになります。
ズノー光学はもともと光学レンズの製造メーカーであり、それまでカメラ製造の経験がありません。したがって構成部品はすべて外注し、組み立てに当たり新たに雇い入れたのは、ライカM3の成功のあおりを受け倒産したニッカカメラの元工員たちでした。熟練の手を借りたはずですが、本格的な生産体制に入るとすぐさま問題にぶち当たりました。外注部品の規格にばらつきが多く、パーツレベルでの歩留まりが悪かったため、組み立て現場で多くの手直し作業が必要だったのです。さらに悪いことにようやく市場に出せたカメラも故障が多く、返品が相次ぎました。最初に発注した仕かけ部品が2000台分ほどあったにもかかわらず、実際に完成したのは多くとも500台、返品分を差し引くと200台ほどしか実売できなかったようです。これを受け翌年に社長はカメラ生産から撤退を決意します。ズノーカメラの倒産は昭和34年のことでした。※スノーカメラ誕生 萩谷剛 鈴木健男
今現在、持っているだけで世界的な一眼レフのコレクターだと言われるほどのズノーカメラは、整備のために分解すると、内部の良くまとめられた設計に反し、ひとつひとつのギアやレバーの材質的な弱さが目に留まります。故障の原因はここにありました。多くの部品はなんと、硬度が必要な鋼鉄が使われていなかったのです。鋼鉄とは生鉄に焼きを入れて硬さを増した鉄のことです。生鉄と鋼鉄の違いは成分ではありません。ただ単に鍛え方が違うだけです。3回に渡り私が述べたかった点はここです。つまり、世界の先陣を切る英知を注ぎ込み、時代の嚆矢と言える傑作を作ろうとも、内部の鋼材に焼きを入れずやわであると結局はものにならないということです。もっとわかりやすく言うなら、どんなに勉強ができようと、人間を鍛えていなければ大成できない。高学歴を得ながら人間がダメだったとしたら悲しいことです。だからこそ今から人間力を高めるように努力をする。そのためにまず、しっかりと生きることが重要。これが真実です。生徒のみなさんは、まさか生活面でだれかに頼りきりではないでしょうね。
理事長通信071226
1歳4ヶ月の娘が毎朝公園で、無心にサッカーボールを蹴って遊びます。芝の上を右へ左へ、ときどき転びながら小さな革のボールを追いかけてはドリブルをしています。右足、左足、たまにボールを持ち上げて走ります。そうか、君はそんなに楽しいんだ、いいね。クリスマスには祖母からプレゼントされた木琴を大喜びで叩いて騒音を奏でていました。音楽は音が楽しい、その通りだね。祖父からのプレゼントはぬいぐるみのラクダです。は?娘はそう肌触りがよくもなさそうなラクダを抱いては、にゃーにゃと声を上げて頬ずりしています。そうか君はうれしいんだ。2度目のクリスマスだものね。なにもかもが新鮮で、人生が刺激にあふれているんだね。みんな、かつてはそうだったんだよ。でもみんなそれをいつのまにか忘れちゃうんだ・・。羊ならぬラクダをめぐる冒険めいてきました。
喜びとか興奮とか歓喜といった心が高揚するエネルギーは計測可能なほど心を揺らし、はっきりと胸に刻まれます。しかし計測できるほどのエネルギーですからやがて刺激にも慣れます。少子化に伴い子どもを取り囲む環境は有史以来ないほどの刺激にあふれています。わずかな喜びでは喜びを感じられないほど心が贅沢に慣れていると感じます。新しいものには反応する。普遍のものには興味を示さない。子どもにとっては当たり前ですが、若年化現象は確実に進んでいます。
友人の劇作家の言葉です。人を泣かせるより笑わせるほうが難しい。涙は感情を刺激すれば取れるけど、笑いは脳の知的中枢を刺激しないと取れない。今の子どもは笑わない。いじめとかアクシデントとか予測がつかない結果には反応して笑うがそれは刺激に反応しているだけで、脳で笑っていない。笑う知的体力もない。と言うのです。なるほど。しかしと私は反論しました。でも劇作家としては、刺激に慣れて笑わなくなった子たちを笑わすために新しい知的刺激を作り出さないとね。笑いを高度に洗練してついて来られるかどうかを相手に求めるのでなく、思考が展開できるように笑いを作るのが劇作家の仕事なんじゃないの?一本取ったかなと思うと反撃がありました。それは勉強しない子について来いとハードルを上げるのでなく、勉強が好きになるようモチベーションを与え続ける先生の仕事と一緒だね。一本背負いを決めた後、横四方で押さえ込まれた気分です。お互いを高め合ったのか固め合ったのか、知恵を絞る格闘技にも体力が要ります。
私は真剣に考えています。慶応会の生徒さんにどうやって達成の喜びを味合わせてあげるか、どうすれば生徒さんのモチベーションを上げ、しかも持続させられるか、どうすればいったん下がったモチベーションを上げられるか、何をきっかけに失敗から立ち上がれるようにするか、再び立ち上がるには脚力でなく心から立ち上がらないとではないか、いや脚力で立ち上がることができれば心もついてくるのではないか、両面からのしかけが必要ではないか、そのために私がなにをすればいいのか、どうすればもっとご家庭のお役に立てるのか・・08年も慶応会が果たすべき役割をたくさん考え、提案し、改革し続けます。
理事長通信071212
慶応会幼児英才教室では2008年度小学校・幼稚園の入学試験において今年も大きな成果を上げています。この成功を受け、2008年度の小学部・中学部・高校部でも合格実績をさらに上げるための改革を行います。ただ今綿密に企画中ですので発表までしばらくご猶予をお願いします。
2008年度の改革には明確な理由があります。慶応会小学部・中学部・高校部の改革の柱のひとつは言語力、発表力を徹底して鍛えることです。今現在、私立小学校の入学試験は、単に優秀な小学生を選抜するためのテストではなく、6年先、12年先まで見通した学校教育全体の方向性を示唆していると私は以前より感じています。各校の入学試験の問題には、わが校はこのような子どもが欲しいという学校の主張が色濃く反映されます。たとえば幼時の知育を計る指標として、知能指数を計ることは比較的古くから行われました。小学校の入学試験も文字と数字を用いない筆記試験(ペーパーテスト)だけで子どもの能力を測っていた事代がありました。その後、幼児を取り巻く社会の構造変化に即応するため、試験内容は小刻みに変化し、今では行動観察(子どもに何か指示を与えあそびの様子を観察する試験)や絵画、制作、体操、指示行動、先生と子どもの一対一で諮問される言語など多岐に渡ります。先生が見たいのは、その子がもつ資質です。
そして今年度の小学校入試ではさらに大きな変化が見られました。慶應、早稲田をはじめ、雙葉、聖心、東洋英和、日本女子大附属豊明などの最難関女子校で、言語表現力の高い子が合格を果たしています。「知的な内容の話をとうとうと話せる子」たちです。もちろんペーパーの得点も高い子たちですが、ペーパーがすごいだけではこれらの学校には受かりません。あるいはペーパーの実力は今一歩でも言語発表力の高い子が最難関校に認められています。これは今年だけの結果ではなく、実は3年ほど前から起きた小さな変化が大きな潮流となりつつあります。慶応会で3年前に開発したアート・アカデミー教室では絵画、制作を行うことはもとより、言葉で説明し発表するというレッスンを毎回行います。授業の中でも先生から、今何を描いているのか、これからどうなるのかといった質問をし、子どもが答えることでまたアイディアを自ら発見し作品に盛り込むという繰り返しを行います。つまり、絵画、制作でありながら、思考力、発想力を伸ばすために言語によるやりとりを行い脳の活性化を図っているのです。その結果合格者が増しています。
日本語で新聞の社説を読んだことのない高校生が英文で評論文を読んで理解することができるでしょうか、という問いかけを私は10年以上前から行ってきました。大事なのは国語力だと。時代は進み公教育は後退し、学校の現場では子どもの意欲がさらに下がっています。日本語もろくすっぽしゃべらない中学生が、英語を話すときだけよどみなく流れるように英語を発声するでしょうか。もっと根本から、根源的な改善を今すぐに行わないと、と私は非常に危機感を持って改革に臨みます。高校受験ではすでにAO入試など自分自身をプレゼンテーションする試験が行われています。中学入試でも近い将来、何らかの形で言語力、または発表力を試すようになるでしょう。面接を課す学校は増えるはずです。ある地方の首長が「どげんかせんといかん」と言っていました。地に足をつけた改革には土着の響きが似合います。言語力を伸ばせば絶対に思考力が伸びると私は確信しています。
理事長通信071219
2008年度慶応会小学部・中学部・高校部の改革の柱のふたつめは、生徒さんの興味を多面的に喚起することです。そのために受験教科を中心に生徒さんに興味を引き起こすような、1回から受講できる単発の講座を開発します。
入学試験の結果というものは、いつの時代も厳粛なものです。結果によって風を切るような爽快感に満たされることもあれば、身を切られるような悲壮感に打ちひしがれることもあります。勉強の成果はテストによる成績で指数化されます。入試は点数至上主義です。そこに面接が加味されたとしても、面接の結果はやはり数値として扱われ、集計結果に反映されます。ただし点数でなく○か×で採点され、×ならその他の点数がいかに高くても不合格という厳しい面接もあります。つまりアウトプットは常に点数で計られます。人間として数値のみで扱われることに釈然としないものがあるのは事実です。しかし学校は、わが校が欲しい生徒はこういった試練に耐えうる能力を持ち、そのための訓練を経てきた子どもである、という主張を入試問題に投影するのです。能力的、あるいは点数的にその学校のレベルに達していない場合の不合格はやむを得ない結果でしょう。しかし十分に合格を見込める平素の成績でも合格できなかったなら、その無念は私にも当事者のごとく理解できます。運、不運が明暗を分けることもあります。明らかに学力がわが子より下だと思うよその子が合格し、わが子が不合格であった場合など、言いようのない思いはどこにももって行きようがありません。しかし長年の経験から、学校への適性の意味が理解できるようになりました。不合格の学校とは合わなかった、たとえ合格しても入学後に理不尽な苦労が待ち受ける学校だったのだろうと、客観的実例を見て学びまました。受験生の皆さんとご家族に声を大にして申したいこと、最も大切なことは、合格した学校でその人の価値が決まるわけではないということです。合格したから偉い子ではなく、努力と挑戦をしたから偉い子です。不合格であったなら、そばで見ていた人ならわが子の努力を評価してあげられるはずです。わが子を誇りに思えることでわが子のプライドは強くなります。そこに親の努力が実を結ぶ余地が残されています。
アウトプットが点数で表されるのに対し、インプットの方法は多彩です。頭に入れるという慣用表現があります。知識を頭に入れると言っても、実は心に響かないと頭に定着しないものです。聞いているだけの授業が身につかないのは心に響かないからです。それは授業が悪い場合もあるでしょうし、授業に集中する心が生徒にできていない場合にも同じことが起きます。そもそもその教科にはなんの興味も見出せないということもあるかもしれません。教材を渡され、自主学習だけでその教科内容が頭に入る生徒なら勉強そのものがなんのかせにもならないでしょうが、残念ながら私は、人に教えを受けることもなく一人で無条件に素晴らしく勉強ができる子というものを見たことがありません。インプットは多彩に行わないと、子どもが乗ってこない時代が幕を開けました。慶応会ではここに着目し力を入れます。知的きっかけが子どものやる気を点火させるしかけです。
理事長通信071016
私の大好きな厳母の話です。母の青春時代前期は戦争の記憶と重なっています。父も軍需工場に動員されたことはありましたが、幸い戦争で命を失ったものは親戚におりませんでした。しかし戦争はさまざまなドラマを伏せて時代をくぐり抜けています。米軍による無差別爆撃が東京を襲い、この東京が一面の焼け野原であったことなど、私にとっては何度写真を目にしても現実感が湧きません。しかし母は空襲で同級生を何人も失っています。
終戦時、母は付属の女学校から新制の大学へ進学をするころでした。一時的に疎開した少女たちはすぐに東京に戻り復学した人、疎開先で父親が新たな経済地盤を築き東京へ戻らなかった人、経済的な支えを失い復学を果たせずにいた人、さまざまなドラマがあったようです。もう何年も、何十年も経ってから同窓会で顔を合わせた時、お互いにみなが持ち寄ったいろいろな思いに涙したとの事です。なかでも私が印象に残った話はこういったものでした。母の仲のよかった友人です。その子は頭の回転が速く、活発でおきゃんな(お侠なとも書き表す、おてんばなだけでなく筋の通った格好のいい女の子を表す形容詞ですが、今は使いませんね。おきゃんな子、日本から絶滅です)女の子でした。父親の都合で疎開先に終戦後も1年半留まったため、帰郷後に復学申請を出したとき新しい学制による進学条件を満たせず、そのままでは大学生になれないということでした。新制になった元の付属高校に2年も通わないと大学進学ができない、そういうことでした。かつての同級生は女子大生として新たな人生をスタートさせているというのに自分は高校2年生、しかも2年も落第した気分の。これは精神的に相当滅入ることだったでしょう。結局その子は自分の判断で女子大には進学せず、専門学校に進み、卒業後に事業を起こし自立を獲得しました。結婚もし、子どもももうけた時代を先駆けた本物のキャリアウーマンです。同窓会では面目を果たしたであろうに、あにはからんや彼女は大学を卒業した同窓生たちを眩しい思いで見つめていたのです。彼女は18歳の夏、大学に進学するか、それとも自らの夢を早く実現させるために新たな道を切り開くか、悩みつつ母親に相談をしたそうです。母親の答えは、あなたのしたいとおりにしたらいいということでした。そして行き着いた結論なのに、彼女は後悔をしている。大学に進学したかったと。その人が半ば恨みに思って、ずっと後年になって彼女の母親に尋ねたそうです。なぜ私の性格を熟知しているはずの母が大学進学の後押しをしてくれるような口添えをしてくれなかったのかと。彼女の母親の答えはこうでした「だってあなたはしっかりしていたから」。しっかりした子だから自分の道はきちんと自分で決められるはずだ、だからその気持ちを尊重してやろうという思いだったのです。
私が強く心に留まったのはその友人が母に言った次の一節です。「でもやっぱり子どもは子どもなのよね。しっかりしているようでも、子どもの判断って長い人生を見通して正しい判断ができるわけじゃないのよ」私は子どもの教育と子育ての根幹を聞いた思いがしました。
理事長通信071023
子どもに人生を見通した正しい判断ができるわけじゃない。そんなことは冷静に考えずとも当たり前の話です。しかし子どもである当人は、いつの時代でも子ども扱いを受けることに辟易し反発しています。自分自身を省みても、子どもと言えど中学生にもなれば判断力は大人並みに持っています。狭い範囲であっても社会経験も増え、行動にも自信がついてくるころです。加えて社会への実戦配備がなされていないため枠組みに収まっていませんから、大人社会の慣例やしきたりに「それはおかしいのでは?」と感じる能力も高まっています。判断力が大人にそう劣らぬとなれば、あとは自らの判断による行動がどういった結果を招くか、その経験を多く積むこと、それと言語表現力を高めることで社会への通行査証が得られます。その人がどういう日本語を話しどういう文章を書くかは、人となりが評価される上で重要な要素となります。形容詞や副詞など日本語を彩る表現にはその人が現れます。語彙量が豊富で表現が多彩であれば、その後送る人生が変わることもあります。話を戻すと、人は経験により多くのことを学びます。それを揶揄するかのように、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言います。限られた範囲に過ぎない自らの経験に学ぶことより、歴史が人類に残した事実から学び取れればなお宜しいという諺ですが、個人の失敗経験は成功するために次の機会で活かせるでしょう。ただし失敗に学ぶなら、心の持ちようを根本から変えない限り、次の機会でも従前の判断による失敗を繰り返しがちです。
親とはどういう存在であるかと問われれば、私は躊躇することなく「わが子をあきらめない」存在だと答えます。わが子の可能性をあきらめない。いくつになってもまだ伸びしろがある。幼い子どもにとっては親の持つ力の大きさはこの世を統治するほどのものです。わが子が親を見上げるとき、その存在の大きさに全身を包まれるような信頼感を覚えるはずです。親は何のために子どもに教育を与えているのでしょう。もっと言うならば、子育てを何のためにしているのかと問われれば、私ならわが子が自分で幸せをつかむ能力を身につけられるように教育していると答えます。強く生き抜いて幸せになるためには「力」が要ります。その力を身につけるために、私は知っていることのすべてを伝えたいと思っています。それはわが子に限らず慶応会でお預かりしているすべての生徒さんに対して願っていることです。少なくとも子どもは放っておいても育つとは考えていませんし、まして自主性に任せようなどと生ぬるいファンタジーは抱いていません。親があきらめたら子どもはそこまでで止まりです。
数年前、会員外の方で残念なことがありました。実は少々あきれました。慶応会では社会的地位の高い方や有名な方のお子さまをお預かりすることがあります。会員さんとしてお迎えしたからには守秘義務は当然果たしますが、特別扱いをすることはありません。同時にどのお子さまも、成績が不振のときにお客さんとして扱うようななおざりの指導はしません。すべての生徒さんとご家庭を指導しきることを旨としています。ですからご家庭の夢をかなえるために避けて通れないことであれば、たとえお耳の痛いお話でもさせていただきます。
理事長通信071030
そんな中、秋のできごとです。幼児英才教室では6月以降、学校別の対策講座など単発で参加できる講座が増えてきます。外部の方が初めて慶応会を訪れるこの時期が私は楽しみです。というのもほとんどの保護者の方が慶応会の子どもたちをご覧になって、その様子、表情の生き生きとしていること、活発なこと、目が輝いていることに驚いてくださるからです。その結果毎年のことですが、10月に入試が始まるにもかかわらず、6月以降の数ヶ月で10名を越える方が新たに入会されます。もちろんこの時期からの入会ですから、すでに慶応会で学んでいる生徒さんにも負けない実力を(母子ともに)お持ちであることが条件です。
慶応会では会員さんを分け隔てなく徹底的にご指導させていただくことは申しているとおりですが、会員外の方もお越しいただいたからには親身にご指導させていただきます。秋の模擬テストの時にも、この子は素晴らしいなというお子さまに出会えることがあります。しかしそのままの状態で第一志望の学校に合格できそうな子どもはそうはいません。ほとんどのお子さまはみな、どこかしら改善すべき課題を抱えています。模試の折、私から見て非常に好印象な慶應幼稚舎志望の男子がいました。目力が強く、やんちゃで賢そうな顔立ちです。絵画の課題では技術的に未熟で作業も雑ですが、取り組む表情がとても少年らしく凛々しい感じがします。体操はなかなか得意です。ただし先生の指示がきちんと聞き取れないせいで堂々と間違えた行動をとります。顔の表情がはつらつとして自信に満ちた行動をする分、悪いところも目に付き目立っています。一言で言うと荒削りで魅力のある男の子なのです。カルテを見るとその子が素晴らしいことが決して偶然ではないと覗わせるご父母です。つまり素材としては抜群にいい男の子です。しかしながら、その言動、主にしつけの面では重大な課題を抱えています。先生に対し敬語が使えない(まあ、やんちゃ坊主としては標準ですが、場に応じて言葉を使い分けることを生活の中で親が指導していないのが惜しい)、レッスン後に廊下を駆け回り大声を出す、先生と母親が話をしているさなかに割って入る、エレベーターを止めて他の人の足止めをさせる、いったいこの子はどこの教室に行っていたのか、教室での指導はなされていたのか、また家庭のしつけはどうなっているのかといった、この時期に見ていて頭を抱えるほどのありさまです。6歳児として輝くために大切な土台建造が疎かです。わんぱくなのは結構でもけじめとメリハリがなければ幼稚舎の門は開けられません。
私はお母さまを呼び止めお話を伺うことにしました。というよりも、目の前で課題を抱えて難渋している母子をそのまま捨て置くことができません。この場合難渋したのは私であり、こちらの母子はそれに気づいていません。ですから説得はさらに難渋が予想されます。おまけにお母さまはこの時期と場所を考えると、まるで小学校受験をものともしないと宣言し超然としているかのようなカジュアルファッションです。それでも元来は優秀な経歴の方です。私は指導し成果を得ることに賭けてみました。
理事長通信071107
優秀なお母さまは自らの変化を厭うことがありません。たとえば私や他の先生の助言をお聞きになり、その助言をぱっと実行できる方はわが子の伸びが違います。当然いい結果に結びついてきます。私が言わずとも、どんな道、どんな分野でも伸びる人はそうではないでしょうか。この傾向は年齢が下がれば下がるほど強いと言えます。なぜならわが子自身も人生における経験が浅いので、変化を柔軟に受け入れやすいからです。もっとも母親の決定以外に本人の選択肢が少ないとも言えますが。
プロには時としてその人が抱える問題点に対し明らかな解決策が見えることがあります。私はそのお母さまを優秀な方と見込んで提案してみました。「幼稚舎に是非と志望されるのであれば、お子さまには克服しておきたい課題があります」と具体的に指摘させていただきました。弱点とも言える課題を克服するために慶応会が指導できる内容もお話ししました。実は、ちょうど時期のいいことに、その子にとって最善の講座である行動観察直前コースが始まろうとしていました。年長児の仕上げでもあるこの段階で、今さらしつけもあったものではありません。教師から注意されずとも隣に座るおともだちからたしなめられることが格段に多いというほど慶応会のこの時期の年長児は成長してきているのです。彼が自らけじめのスイッチをONにできること、そして駆け込みでも今から叩き込むべき社会性、ルール、しつけはたとえ集中レッスンでも成果を生むはずです。(もちろん幼稚舎合格を保証するものではありません。ご家庭の夢に近づくためにご家庭でできずにいたことを強制執行するための最低限必要なお手伝いです)ただし講座ですから設定日時は決まっています。万障お繰り合わせの上ご参加いただければ、我われも人助けができます。少なくとも少なくはない効果を生む自信があります。
私の提案をお聞きになりお母さまは「あー、そうですか」と浮かない表情です。その理由というのは「でもその曜日はサッカーがあるので、本人とも相談してみますが、もし本人がサッカーを休みたくないようなら残念ですが伺えません」。それは惜しいことだなと私は思いました。ひとつはその日が既に予定と重なっていたこと。ひとつはお母さまに、今ほかに何を置いてもやらなければならないことは何であるかを即座に判断する力がないことです。受験直前の時期、是が非でも合格したいと願っている学校があり、そのためには避けて通れないその子が持つ克服すべき弱点があり、解決への足がかりとなる具体的方法を教えてもらいながら、それが実行できない理由がサッカー!今サッカーをしたいなら、しつけはすでに身につけておかなければならないはずですし、しつけもけじめもメリハリも身についていないならサッカーをやってる場合じゃないと私は思います。サッカーなら合格した後、毎日日が暮れるまで思う存分できます。しかし私は譲歩しお話ししました。今すぐにお決めにならなくても構いませんがお考えください(実際には定員ぎりぎりで余裕がありません)と。出席させたいと思いますが、相談してみますとのことでしたので私はどうぞ、お父さまになにかご不明の事がおありのときはお気軽にお電話くださいとお伝えしました。すると、かえって来た反応は意外なものでした。「いえ、相談するのは息子です」。私は話の成り行きの末に子どもに相談するという話となり、少々ぽかんとしてしまいました。
理事長通信071120
私が絶句したことを察し、お母さまが説明する番となりました。うちはなんでも子どもと相談して決めています。親子で話し合い納得してから行動するのが決まりなんです。親がパワーを使って強制的になにかをさせるということはしたくありません。本人の自主性を尊重したいと思いますし、考える力を伸ばすために子どもの判断を大事にしたいというのがうちの方針です。私はそれを聞いて、これはだめだ、と直感しました。残念だがお母さまが今の考えのままではこの子はこれ以上伸びないと確信しました。この話を聞いた幼児教室の先生も嘆息とともに、子どもの自主性をはき違えていらっしゃるようですねと感想を漏らしました。会員さんならそこを乗り越えて説得できる信頼関係を築いていますので、私ももっと踏み込んだお話をさせていただいたのですが。
子どもに任せていい判断など、結果がどちらに転んでも大差がないようなときに限られます。チョコの中身はマカデミアナッツが好きかカシューナッツが好きかどちらを選んでもいいことと、合格に近づくために今必要な努力をとるかサッカーをとるかの判断が同じ重さであるわけがないと思います。それが同じだと本気でお考えなら、その子育てに見合った結果しか引き出せないでしょう。子どもの教育には絶対的な親のパワーを発揮しなければ実現できない場面が少なくありません。親と子の関係は友だちではありません。教育の主体を親が持たずに子どもの自主性に任せて済むわけがありません。
子どもが勉強をやりたがらないので今日はお休みさせてください、とわが子の下請けのようにお母さまから欠席連絡をいただくことがあります。今日は行きたくないという子どもへの答のひとつはこれです。「そう、今日は行きたくない、そんな気分なのね、わかったわ。でも行くことは決めたことでしょう。行ってらっしゃい」。子どもの気持ちは受け止めてあげれば宜しい、ただし子供の顔色を窺って譲歩する必要はまったくありません。毅然としているのが親です。親が教育の主体を手放してはいけないと私が申すのはこの点です。子どもが勉強したくないと言ってその通りにさせたらどうなるのでしょう。無理にやらせれば勉強嫌いになるからしばらくはようすを見ようという判断もあるかもしれません。しかし、明日も嫌だあさっても嫌だ、10日後も嫌だ1年後も嫌だ、受験学年が来ても嫌だ、受験日当日も嫌だ、で通りますか?嫌なことをしなくていいなら、これほど楽な人生もないでしょう。それが充実した人生となるかどうかは別として。ですからどこかで強制しなければならない日は必ずやって来ます。社会に出てからより重要なのは人間力であり、学歴などたいした問題になりません。最終学歴でその人の価値を測れるものではありませんが、嫌なことを放り出す習慣が早くから身についたら、その人は人間力を磨く機会を失います。いやなことから逃げ出さず立ち向かえば必ず人間が磨かれます。落ちこぼれの人は学力が低いのではなく、大切なことに立ち向かおうとする意欲や、工夫する力や、困難を乗り越えていく気持ちが希薄なことが主原因と私は考えています。
理事長通信070508
精神修養は、心に向かい合う気持ちがあればどこででもできる、行場でなくとも、というのは私が懇意にしていただいている古武術の老師の言葉です。冷たい滝に打たれるとか、しんしんと冷え込んだ板の間に座禅を組むとか、紅蓮の炎を囲んで読経するとか、なにか肉体を追い込んだ末に精神の活路を見出すことに答えの窓口を求めていた頃、笑い飛ばされたのがこの言葉でした。そのことを思い出したのは、ついさきほど車の流れを縫いながら広い車道を一人で渡っていたときに、あることをひらめいたときでした。答えを思いつくと同時に、そういえば老師に笑われたことがあったなと思い出したのです。
ひらめいた答えとは「コンクリで固めちまえ」というものです。物騒な物言いですが、コンクリートで固めるとは堅い土台を作るという意味です。固める物はそれまで歩んで来た自らの道程です。提示されていた命題はこのようなものでした。「さまざまな事情でまっすぐな心をもって育つことのできなかった子どもは、それから先どう生きていけばいいのか」。子どもは本来無垢な状態で生まれてきますが、持って生まれた性質があります。そこにひとたび問題点を見つけた親はわが子の悪い因子が顕在しないように修正を試みるのですが、往々にしてそれは失敗し、子どもは自ら求める方向に進んでいくということがあるようです。子育ては難しく、子どもが親の思い通りに育たないのは、子が親の修行のために生まれてくるからだと私は考えています。さらに子どもが人生の過程でさまざまな形で自分の存在を受け入れられない経験をすることで、親や社会との信頼関係を充分に育めないまま育ってしまうことがあります。心に問題を抱えたまま子どもの時代を過ぎてしまった人は少なくありません。もっと直裁に誤解を恐れずにいうなら、今の日本では高学歴や高収入でありながら幸せを感じていない人が多すぎます。(高カロリーが原因で不幸だなど途上国の子どもに聞かせられません)
先の命題にはふたつの解法が提示されていました。ひとつは「その子の人生においてねじれてしまった原因を探り、その地点まで立ち戻りまっすぐにしてあげる。そしてそれから先の人生をまっすぐ生きられるように教えること。もうひとつは、ねじくれ曲がってしまったその道程をまるごと受け容れ、固めて土台にしてしまい、その先の人生はまっすぐ生きることです。「コンクリで固めちまえ」というのが後者ですね。私はどちらの方法がより多くの人に明るい道を示してあげることができるだろうと考えていました。そして機会がありこの問答を老師にぶつけてみました。「ねじくれている者こそ、心に星が見たいはず」という答えが返ってきました。ねじくれている者は人生の過程においてそうなってしまった。今さら掘り起こし原点に連れ戻されても新たな苦しみを生むだろう。必要な膿なら吸い出してあげることもできようが、本人が望まない限りはそっとしておく方がよかろう。ならば方法はひとつ、自らが自身に起きたすべてを受け容れ(多くは他人を赦すこと、そして自分を赦すこと)土台として固めてしまい、これから先の人生を大きく生きることを教えてあげるのがよかろうといった教えでした。
理事長通信070515
「煩悩は欲より生ずる」と聞きます。人というものは極めて複雑な存在で、外見からはとてもわからないような内面を抱いていることがままあります。私の友人の中でもトップクラスの秀才で、妻も医師をしているという外科医がおりますが、彼が没頭している趣味は競馬です。勝負の瞬間に、他では得られないときめきに魂が揺さぶられるそうです。まったく私には理解できません。私が敬愛する穏やかな人物がおりますが、彼が最も崇拝するヒーローはハンニバル・レクター博士です。羊たちの沈黙という映画で犯罪者をプロファイリングしたレクター博士、自らも人肉食のカニバリストで己の欲望のままに殺人を繰り返すあの人物です。彼によると、是非はともかく自らの意志を通す人間の強さに惹かれるそうです。
切り捨てられない欲に支配され、人は往々にして人生の道を踏み外します。一切の欲を捨てれば人は幸せになれるでしょうか?般若心経の教えはさまざまなことを教えてくれます。空こそ世界だ、何も恐れることは無いというのもひとつの解釈です。物によって満たされる人はその性質ゆえ一生満たされることがない、なぜなら物欲に限りはないから。「何かが手に入れば幸せになれる、と願って止まない人は何が手に入っても幸せにはなれない。幸せな人は心のあるがままの状態ですでに幸せを得ている」と言う人がいました。埋めるものが必要でない状態を幸せというと私は理解しています。心の渇望は心でしか満たせないと常々私は感じています。それでも私に一向に安穏の気配がないのは、現世の修行がまだまだ足りないせいです。私にとって枯淡の境地が最上だとは思えませんが。そもそも徳の高い高僧が最後まで放つことができないのは名誉への執着だと聞くと何をかいわんやいう気分になります。
やめたいのにやめられない行動癖がある一方で、では人生の最後になにをしたいかという問いかけには、ずいぶんと控えめな要望が多いようです。「死ぬまで一週間、あなたならどうする?」という問いかけをあるラジオ番組で視聴者に行い、人気DJとのやり取りが評判となりその抜粋編が単行本になりました。一例は、かつて愛した人が今どうしているか遠くから確かめて見たいとか、自分は独身なので妻と呼べる人と一緒に暮らしてみたいとか、忙しいせいで旅行もできなかったので南の島でのんびり過ごしたいとか、その他もろもろの話が出てきます。著者は最後に締めくくっています。そんなことならいつでもできるじゃないか、なにをためらって過ごしている、自分の人生だ、何ものにも縛られず人生を思いっきり楽しめ。その言葉がもっともであると思いつつ、私は人間とはかようにささやかな存在であるかとしみじみとした気持ちに浸りました。
野生動物の姿は生き抜く力が全身にあふれていて無駄なものが一切無い。その形は進化の果てに存在している。それに比べれば人間の内面とはいかにもバランスが悪いようです。リゾートに行きたくて悩む熊の話って聞きませんでしょ?
理事長通信070522
おかげさまで趣味の幅が少し広いせいで、私の悩みは尽きることがありません。趣味を通じて知らず知らずに増えてしまった古道具など、不要になったものはどんどん整理をすればよさそうなものですが、これがなかなか進まない。どういった分野のどの作業であれ、削る、という行為は一度拡張したものを外科的に削除することですので少なからず痛みを伴います。一方悪癖をやめるという行為は(煙草をやめる、深酒をやめる、ゲームをやめるなどなど、あなたがやめたいと常々思っている悪癖はすべて該当します)ということは単なる行為の停止ですからなんら痛みは生じません。少なくとも論理的には。しかし習慣を絶つことは簡単に困難が予想される、感覚上の欠落を生じます。悪癖の排除がこれほどに困難であるかと改めて思い返されます。では予め悪癖を予防する手立てはあるのでしょうか。煩悩を断ち切る術を身につけた方がいらっしゃるならご教示願います。対処療法としての提案なら私にもあります。悪玉菌の駆逐には善玉菌を当てること、つまりいい習慣を身につけることです。悪癖の数を上回る良い習慣で相対的に健全になることはそう難しくないはず。趣味が人間の内面を反映するなら、その振れる幅が大きい人はおもしろく魅力的な人かもしれませんね。これなら私にも目指せるかもしれません。希望がわいて来ました。
しばらく前に出生率低下の原因の最たるものは非婚率の増加である。すなわち女性から見て結婚したいほど魅力的に映る男性が減っているからだと暴論を書きましたが、そんなことはお互い様ではないかという男性からの意見がありました。そう仮定するとお互いがお互いに求めるハードルが高くなっているということですね。相手によって満たしてもらおうという考えが、そもそもこれから一家を構えようという大人としての自覚に欠けているようにも思いますが、百歩譲って話を進めましょう。原因へのアプローチを変えてみます。
では、あなたが異性に惹かれるところはどんなところですか?条件を挙げてください、という問いかけを未婚妙齢の女性にしてみます。優しい人、思いやりがある人、決断力のある人、いろいろありますね。そこに結婚したい人の条件を加えてみると、また状況は変わってきますね。経済力は何番目ぐらいでしょう。条件が出揃ったところで一例を挙げます。頭が良くて(高学歴を含んでいるのでしょうか)、ファッションセンスが良くて、おもしろくて、高収入な人・・。際限なく並びそうですが、最重要検索キーワードをインプットします。すると、なんとすべての条件を兼ね備えた未婚男性が100人も見つかりました。しかも彼らは大きな花束を抱え、今まさにあなたにプロポーズをしようかというところです。さあ、100人の中からどの人を選びますか。あなたの最後の条件は?すると案外、一緒にいて安心できる人とか、話をちゃんと聞いて私を受け止めてくれる人とか素朴な条件が出てくることが多いようです。実はそこで出てきた答えがあなたが心の底から願っている思いです。ここさえ押さえればあなたは幸せなのです。頭の中を整理したい時、この思考方法はさまざまに応用できるようです。
理事長通信070625
赤ん坊を見ているとその生命力の強さにしばしば驚かされます。乳児期中盤ともなると赤ん坊は身近にあるものを、その触覚、味覚を舌で確かめるようになります。お皿、スプーンなど食器は言うに及ばず、おもちゃ、ママのスリッパ、床、窓ガラスやさんやその他ありとあらゆる物を手当たりしだいベロベロベローとなめまくるしだいです。携帯電話が半分ほど口の中に消え、着信を知らせるシグナルが口の裏側から明滅していることもあります。その結果細菌やウイルスに冒され熱を出すでもなく、すこぶる健康なのを見るにつけ、その生命力には驚嘆します。とは言うもののやはり時折はくしゅんと鼻を鳴らしたり、風邪を引いたりということはあります。
風邪と一言で片付けるにはその原因はさまざまで、熱が出る風邪、のどの痛くなる風邪、鼻の止まらない風邪など症例に合わせて風邪薬がシリーズ物で売られているほどです。風邪の原因は何百とあるのです。そして幼児のうちからまんべんなくさまざまな種類の風邪菌に冒されながら徐々に抗体を作って子どもは成長してゆきます。それがなにかの具合でたまたま、ある種の菌とは無関係で過ごすと(もちろん生命を脅かすような症状の重い大病など避けて通れればそれに越したことはありませんが)成人を過ぎてから極めて重篤な病状で病院へ担ぎ込まれ、いったい原因はなにかと緊急検査をしたところ、何のことは無いごく一般的な風邪菌にやられていたといったことがあるそうです。子どものうちに何度もかかるような風邪にどうしたわけかかかることなく成長した結果、つまりその一般的な病原菌に対して無菌状態であったために、大人になっても抗体ができずいきなり危険な状態に陥ったということのようです。
なるほど、人間の体とはかようにうまくできているものかと思います。赤ん坊がなんでもかんでも口に入れべろべろべろーとやっているのは、小さな病気に慣れて抗体を作るためのそれなりに必要な作業かもしれません。話は違いますが私は食品鮮度の管理が大変大らかだった母のおかげで胃が丈夫になりました。幼児期少年期と大食漢の私が食事をぺろりと平らげる頃(私は食卓に出されたものでご飯つぶ一つ残したことはただの一度もございません。なぜなら完食するまでは食卓から離れることが許されなかったからです)鼻の利く父が「これは少し下がっているかもしれないね」と注意してくれたことも時折ありましたが、すでにそれは私の胃の中にあります。となればもう覚悟して消化する以外に方法もありませんので、私は食あたりの記憶もありません。忙しい中、食事の支度をしてくれる母に文句など言うやつはろくな男になれない、というのは誰かに教えられ気づいたことですが。まあ万事そういうものであると思って育てば人間はそのように育ちます。やはり過保護はよくない。いえ、うちは過保護にしてはおりませんとおっしゃるお母さまの多くは過保護でなければ過干渉の方が多いのでどうぞご注意のほどを。伸び行くわが子の自立を先回りして手をお貸しになること、それが過干渉です。実はこれ、いじめへの対応にもつながっているのです。
理事長通信070703
世の中には「それ言っちゃおしまい」という真実が身動きも取れないほどひしめいています。子どもなら言って許されても大人が言ったら許されない。真実というものは明け透けにすると身もふたもないものである場合が多いからです。人を攻撃しない、敵を作らない、上手に摩擦をすり抜けるために大人は本当のことを言わない。それは生きていくうちに身につけた大人の知恵です。ところが今回の防衛大臣の発言はそれにも当たらない。人として言っていいことか、そんな心無い発言をしたらどういった事態になるかが想像できない。おまけに被爆地の代表者でありながら被爆者への謝罪ではなく、参議院選挙に影響するから辞めると言った、こういう人を●●と言いますが、それ言っちゃおしまいですね。
子どもの喧嘩に親が出るというのは、ろくなことにならないことの例えとして、少なくとも昭和30年代までは生きていた表現です。子ども同士の争いに親が介入するとかえって人間関係が悪くなるからお止めなさい、もしくは子どもの社会のことは子どものルールで解決させなさいといった意味ですが、この言葉の意味が最早通じなくなったのはいつのことでしょう。子どもはかわいい、ましてわが子はかけがえもなくかわいい、そう思うのは親として誰しも同じです。ところが少子化に伴いわが子至上主義が蔓延してくると、わが子はかわいいがよその子はかわいくないというあからさまな対応をする親が増えています。少なくともわが子とよその子の命の重さ、尊厳の尊さが同じであると思える人が圧倒的に少なくなっているようです。(確かに街なかには●●ガキとしか言いようのないわがままな子や粗暴な子もいますし、中学生にもなれば本当に危険な存在となりそうな子どももいますが、現時点では人としての尊厳はみな等しく同じです)私が学校に勤務していた折も、子ども同士でよくあるようなトラブルが起きた際、わが子の言い分をまるごと鵜呑みにし「うちの子は悪くない、悪いのは先方の子だ」とクレームをつけてくる親の多さにはつくづく閉口しました。そのような場合、うちの側に立った弁護活動を相手の子と親に対して行えという要求です。私は幼少のみぎりよりのきかん坊出身ですから、子どもの喧嘩が一対一である場合、または複数同士である場合、また一方がもう一方に対し決定的な武力行使をしている場合でもなければ、そんなことは親が出てくることではないと考えています。
しかし親の代わりとなり行司を務めるべく登場すべき先生は、それを適宜に裁く能力があるでしょうか。この場合の最も大事な能力は人間力です。私は教育の現場、もっと言うなら先生の資質が70年代から変化してきたと感じています。それは田中角栄元首相が70年代前半に教育の現場を充実させるために教師の給与や待遇を良くした頃と時を一致するわけですが、直裁に言うなら不適任な先生が増えたと私は考えています。なぜなら条件を改善したおかげで教員を職に選ぶ人が増え、採用試験にパスする人の多くが優等生で占められたせいで(点数上優秀な順に採用される)、喧嘩やトラブルなど自身が経験したことが無い、まして仲裁などしたことも無いという人が教師として教室に大挙進出したからです。
理事長通信070710
人生を通し優等生であったことがただの一度も無い私は、そういった一見優秀そうな先生の現場での対応の頭の悪さに、何度頭を抱えたことかと思い返します。たとえば成績の優秀な生徒におもねる、悪い生徒に指導をせず差別をする。笑いのネタにする。見せしめとしての体罰を加える。教師が一部の生徒に対し、こんなやつはみんなの前で辱められても構わないんだという行為を公然と行う。これは70年代の公立中学ではよく見られた光景です。80年代以降、一方的に虐げられるのではたまらないと生徒の側が立ち上がった頃から学校荒廃が始まっています。私は子どもの一揆は否定しますが、子どもの心を開いて指導しなければならないという適性を欠いた教師が招いた自業自得だと考えています。70年代当時、暴力に暴力をといった反発は生徒側にはタブーとしての抑圧がありましたから、生徒側は許される範囲で精一杯の反抗を試みました。ところが生徒の心がつかめない先生は自分が非難されることには敏感で、大人の欺瞞に鋭敏に反応する私の存在はつねに彼らの目の上のたんこぶとして遇され学生時代を終えました。
人生の日々は缶入りドロップに似ている。朝、楽しみに缶をよく振ってさかさにしてみる。今日は大好きな赤いストロベリー味に当たるかな、それとも嫌いなハッカ味かな。好きな味のドロップに当たる日もあれば、その日は一日中嫌いな味のドロップで過ごさなければならないような日もあります。これは選択できないというルールのときですね。受け入れるしかない。人生の日々は缶入りドロップに似ている。受け入れると楽になるぞという教訓でもあります。しかし、学校でハズレた教師に当たったら、そのまま我慢して1年間、(場合によってはもっと)暮らせというのはあまりに子どもがかわいそうです。今、私が子どもに大事なことを伝えたいと教育の現場で目を光らせている最大の理由は、私が子どもだった頃、そのときの不条理を解き明かしてくれる大人がほとんどいなかったことです。その思いが残っているので、少しでも役に立てればと願っています。
教室での先生の采配は生徒に勉強を教えることなどごく一義的なことです。子どもにとって学校とは小さいけれど社会のほぼ全体を意味します。ですから社会の仕組みそのものを運営する担任教師は相応の人間でなければ務まるものではありません。失敗の経験や、そういうことをすると大人に叱られるという経験の多さが人間の幅を広くします。しかしここにはひとつ父母側も反省の余地があると思います。父母が担任にあまりにも多くのことを要求し、たとえば子どもの喧嘩の仲裁に最高裁判事に求めるような判決を期待した結果、担任はクラス運営を事なかれで治めようと方針を転換したと思います。つまり喧嘩が起きると面倒だから、子どもから喧嘩の場を取り上げるようになった。喧嘩が起きても見ないようになった。その頃から子ども社会がおかしくなってきたと私は考えています。つまり子どもの持つ負のエネルギーがおおっぴらに顕在することを禁止され、抑圧され潜行していったために目につきにくくなり、陰湿化しいじめのような状況が全国で起きたというのが多くを言い当てている実情ではないでしょうか。
理事長通信070717
いじめというのは何もここ2,30年の間に広がった現象ではありません。太古の昔からあったものです。人間に限らずあらゆる集団の中では、すべての相手に対し力関係が等しいなどということはありません。必ず強いもの弱いものその中間のもの、またその中間でもあれには強いがこれには弱いものなど複雑な力関係が存在しています。均衡が破れれば強者は弱者を襲うのは野生の摂理です。それがいじめという社会現象として問題を無視できなくなったのはいじめの被害者から自殺者が出てからです。十代の子が自ら死を選ぶ、こんな悲惨なことはありません。その原因がまわりからのいじめであるなら、なんとしても原因を根絶しなければならない、残された親御さんの訴えは胸に迫ります。
私は子どもの心はサークルの中にあるとイメージしています。丸い円、土俵のようなものです。人により大きい円もあれば小さな円もあるでしょう。その円の真ん中付近で子どもが遊んでいる場合、仮に友だち同士の人間関係で押し合いへし合いしていても、心が円から押し出されてしまうようなことはまずない。ところがあらゆるテーマに対して子どもの心は安定して輪の中心にいるわけではなく、その子が抱える特定のテーマによってはいきなり土俵を背負うことがあります。たとえばA君は両親の仲が良くなく、クラスで家族のことが話題に上るようなときは急に不安が起きるとか、Bさんは容姿に年ごろ特有の劣等感を持っていて、クラス内でもなるべくまわりと関わらずに過ごして行きたいと願っているとか、C君はもともと内気でクラスのD君たちのグループがいつもにぎやかなのを内心うらやましく思って見ているとか、なにかの具合で土俵を背にしている時なら、真正面からわずか指一本で押されただけで心が土俵を割ってしまうことがあるかもしれません。切羽詰った状況にたまたまあったようなとき、ごくわずかのことが原因で子どもが押し出されてしまうということは起こり得るでしょう。
私はあらゆるいじめは、そもそものきっかけはふざけの度が少し超えた程度のごくわずかなことだと思います。そんな軋轢は大人も子どもも人間関係の中でいくらでもあります。ないわけがない。ただし、常に一方が強者で一方が弱者で、強者から弱者への抑圧が習慣性を帯び繰り返すのであればこれは問題です。人間関係のトラブルの輪から抜けられなくなる状態、それがいじめです。もし集団で一人をいじめるようなことが起きていたら、これはその集団を管理する責任者が徹底的にいじめを排除するようすぐに決起しなければならないでしょう。もちろんそういった集団は他者の介入を拒みますから、さらなるいじめを呼ばぬよう慎重かつ迅速な対応が必要です。しかし、いじめられている人は助けが来ることを頼りにしていて待っているだけではいけない。自らの尊厳やまして生命が脅かされるような状況であったなら、相手と戦うことはできなくても逃げ出すことはやらなければ自分は守れません。まして助けが来ないことに絶望して自らの命を絶ったりしては絶対にいけない。そのためにはわかってもらうことを期待するのではなく、わからせるようにはっきりとサインを出さなければ。
理事長通信070725
あなたは山を歩いていて野生の熊に出遭ったらどうしますか?その場に寝転び、死んだふりをしますか?そんなことで熊が通り過ぎて行きますか?あなたは無傷でいられますか。ママかパパか先生が助けに来てくれるのをひたすら待ちますか?それとも勇気を出して大声を上げて熊を威嚇しますか?身近な棒を手に熊と戦いますか?今、いじめについて教育の現場で当たり前に論じられているのは、たとえて言うなら「それじゃ熊をなくそう」ということです。野生の熊を絶滅させても今度は野生のイノシシが出てきます。次はハクビシンでしょうか。いじめの根絶などできるわけがない。大人も子どもも男の子も女の子も、人間関係で嫌なことがあったなどというのは当たり前のことです。自衛しリスクマネジメントを実行する以外に身を守る方法などありません。嫌なやつを隔離することなどできません。極端な話ですが、いきなり刃物を持って襲いかかる狂気の暴漢だって、何か刑事事件を起こさない限りは取り締まりもできないのです。
日本では犯罪被害者の救済は行われません。悲しい現実ですが、被害者の人権より加害者の人権の方がはるかに重く扱われています。生徒さん、ご父母様、もしあなたの大切な人が突然誰かに命を奪われたとしても、法律はあなたを守ってくれません。7年前に山口で23歳の母と11ヶ月の娘が殺された事件で、最高裁から差し戻しを受け、現在高裁で再審議をしている事件があります。それに際し20人もの大弁護団が結成されて戦っているのは殺人犯の方です。被害者になったらだれも助けてくれない社会に私たちは人としての営みを紡いでいます。我われは幸せを絶対にだれにも脅かされてはなりません。そのためには自分で自分を守る以外に方法がないのです。もちろん過剰な反応はだめですよ。人間が多く集まったら、その中には直裁に言えば変な人もいます。町内会にも学校にも職場にも、合わない人もいるしヤなやつもいるし、口もききたくないやつもいます。そんな日常不快を回避していると引きこもりになります。無人島で生きていく以外に生きる手立てがなくなります。自分を追いつめるのではなく、自分のトラブル処理能力を上げることです。いじめも同じ。初期対応を間違えると解決が困難になります。人間は誰しも初めて出会うことにうまく対処できません。成功者の多くは初めて出会う事態に適合した行動が取れます。幸運の女神は前髪しかない(なんて素敵なヘアスタイル)と聞きます。だから向こうから幸運の女神がやって来たら、脇を走りぬける際に前髪をつかんで決して逃してはいけないという心構えで人生を送っているそうです。2回目なら必ず対応ができるはずです。
危険から身を守る方法としての高等手段は空手より合気道でしょうか。武術を使わずとも心構えで身を守る術を学ぶのは無駄にならないはずです。私が小学高学年の頃、なにかの理由で弱音のひとつも吐いて母に甘えようとしたときのことです。家の裏口からなかなか入ろうとせずにいた私に、皇后陛下と同じ学び舎で教育を受けたはずの母は次のような熱い叱咤の洗礼を浴びせてくれました。「そんなに弱いなら死んじまいな!」母は強し。私は深く恥じ入り改めました。
理事長通信070801
一月前の理事長通信で風邪を例に取り、赤ん坊の頃から人はさまざまな菌を体内に取り入れ抗体を作り大きくなる、それがたまたま取り入れそこなった菌に大人になってから当たろうものなら症状が重くえらい目に遭う、それと同様に子どもを過保護にせず、子どもを悪玉菌から守ろうと親として願うなら、小さいころより菌と戦う力を身につけるよう見守って欲しい(風邪に限らずさまざまな外敵に対し)、という論調の文章を書いている矢先、私が不覚にも風邪をこじらせて自分を見失ってしまいました。38度から8度5分の熱が10日間続き、鼻道は激しく炎症を起こし、のどはおろか目にまで炎症が及び、結膜炎に溺れた水晶体は透明度を下げ、視力を悪化させるのではと不安に伏せりました。気管支炎と副鼻腔炎の原因はなんのことはない、細菌性の風邪です。まったく何をかいわんやと恥じ入るしだいです。ご父母様にもご心配いただき、10月に受験を控えた幼児英才教室のお母さまから今年も恒例のお言葉をいただきました。「理事長先生、倒れないでください。願書を書き終えるまでは」
先週、私の母の叱咤を披露させていただきましたが、母の名誉のため申し添えますと、決して厳しいだけの母ではございません。厳母という言葉がありました。戦前の日本の母はみなそうでした。愛情深く厳しい母の子育てが日本人の精神的支柱でした。子への母親の教育がなってないと、明治の祖母が出てきて、暖かく厳しく母親に母親たるものの心得を説いて聞かせたものでした。最近耳にしないなと思ってはおりましたが、まさか日本語変換でリストに載っていないとは思いも寄りませんでした。私が常に申しますとおり、わが子をありのままに受け入れ包み込む愛情と、子どもの自覚を促すために突き放して考えさせることは両方必要です。さじ加減は難しくない、どちらもたっぷり与えること。それは私がイメージする「厳母」もしくは「賢母」に起因するものです。
子どもの叱り方の悪例に尋問型があります。これは真面目なお母さまに多く、とにかく事実を解明することにのみ重点が置かれ、子どもを問い詰めて逃げ場をなくしてしまう状況を生みます。密室下の留置所取調室に似ています。子どもというものは自分の都合のいいようにいくらでも事実を作り変えて親に話すものですし、そういう場合の親はそれ以前に子どもの正直な報告を叱り飛ばしてきた経緯があることが多いものです。子どもは毎日学びつつ成長しているので、本当のことを話すと親に怒ら |