受験を終えた受験生とご家族の皆様、2026年4月1日
受験を終えた受験生とご家族の皆様、ご入学おめでとうございます。そして先週卒業式を終えた皆さま、ご卒業おめでとうございます。早咲きの桜が皆様の門出に花を添えて、街中が一層華やかになっておりますね。よかったよかった。
気づいたら、はるか昔よりそうだったな、と何かのきっかけで思い至ることがあります。私はずっと以前より居心地の悪い違和感を抱いてきたのですが。それは先週高市首相がトランプ大統領と会見するために渡米した記者会見の席の様子を見て、古の狼藉者の存在を確認した時です。
日本の国益を最優先に考え、同時にアメリカの国益を損なうことなく、お互いが協働できる合意を得なければならない、という非常に交渉の難しい会議の場において勃発した事態です。有志であれば、少なくとも日本人としての適切な思考力(高い非認知能力)を持つ者であればしないであろう発言をした記者のことを私は非常に残念に思います。
※トランプ大統領が記者の質問をタブー領域のジョークでかわした(すべった)後、茂木外務大臣に「彼は優秀な記者なのか」と問いかけをし、(実際の意味合いは「あいつ大丈夫なのか?」というニュアンス)、大臣はそれに対し「まあまあですね」と応え、(実際は「まぁ見てのとおりですがね」といった内容の返しをして)ようやく場が笑いで和んだという経緯がありました。
この件と似た事例ですが、会社にも学校のクラスにも、いや幼稚園にさえも、反対ばっかりする輩がおります。共通するのは誰かの発案に対し反対をすることですが、セットとして持つ特質は「代案を持たない」ことです。
私が幼稚園児の頃からずっと違和感を持ち続け、今に至るまで疑問に思ってきたことは、そういった連中が何のために反対しているのかさっぱりわからないことです。今回その謎が氷解した思いです。つまり、自分が何も発信するものを持たないことが露見することを恐れて、とりあえず反対しておこうということです。現在提案されているものより優れた代案を考案する能力はないが、他人の思惑が実現することは阻止したい、というさもしい根性の表れを見る思いです。ただ単にその場に自分の痕跡を残したいだけ、という者もいます。その爪痕は掃除してからお帰りくださいという感じですね。
どの国の世論にも左派と右派がいます。国政の担当者にもいます。ここで確認しておかなければならないのは、世界のあらゆる国で、その国の民が最も大事に考えなければならないことは自らの国を愛する心です。それは一言で言うと愛国心でありナショナリズムです。
政治の概念とは切り離し、自分の国を愛し、さらに良い国に発展させたいと願う気持ちがナショナリズムとして行動に現れるものだと私は思います。日本の国の左派と定義づけられる人々の活動はいかがですか? 少なくとも日の丸や君が代を戦争と関連付けて否定し嫌悪する感情は、個人の感情としても相当に歪んでいるように思えてなりません。
人の心は一様ではありません。そんなことは議論するまでもないことです。個人の意思や考えは尊重する価値観に足りると思います。しかし母国を愛せない人はどういう存在でしょうか。日本を愛せない日本人とはどうでしょうか。左派と一括りにされる人たちはその傾向が強いようです。ではその人は、自国をどのようにすれば母国を愛せるのでしょう。代案を聞きたいです。陰に日なたに破壊工作を実践する人はいますが、私は建設的な展望を聞いたためしがありません。
私は微力ながら、日本の将来を託せる人材が一人でも多く育つことを願って日々仕事に励んでおります。



















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