拙著8作目より、2025年9月24日
拙著8作目より、原稿量が多すぎたため、本編に収録されなかった箇所です。
☆妄想から解放された生き方とは
親の最大の役目はわが子を自立させることです。わが子が親となった時、自分が親にされたようにわが子に接するでしょう。「わが子をありのままに受け入れる」ということがいかに難しいか、親になってみないとわからないものです。
莫妄想(まくもうそう)という言葉があります。元々は禅の教えです。莫は禁止する助詞ですから、必要のない思いに惑わされるな。あるがままの現実を見ることが大事という意味です。悩みが頭をよぎったら、これは妄想だ、と深呼吸して現実に戻ることです。「考えすぎずに今を生きよ」ということでもあります。
わが子の子育てにはさまざまな煩悩が生じることでしょう。多くは妄想です。子育てには、たった一つの正解があるわけではなく、家庭の数だけの正解があるはずです。二人として同じ子はいないわが子には、その子が持って生まれた資質や長所を伸ばす育て方があります。最初からその正解通りに子育てをすることなど望めません。親になったばかりの新米ママとパパがトライアンドエラーを繰り返しながら、わが子が成長してゆく中で、親としての成長も同時に認められるというものです。
わが子の子育ての先には受験があることでしょう。いったい子育てで何をすればいいのか、どういう育て方をすればわが子が幸せになれるのか、という初動の志が、受験にフォーカスした途端に、どう育てたら志望校に合格できるのか、と目的が変化し、さらに合格するには縁故が必要とみなが言うけれど、どうすれば縁故を得られるのか、と歪曲化し、縁故もなければ学力もないうちはダメかも、と絶望してしまいます。
「迷ったら原理原則に戻る」これを守りましょう。家庭生活を見直し、わが子が「輝く子」に育つように親が努力すればいいのです。すべては家庭での子育てで決まります。受験の専門教室にわが子を預けても輝くわが子になるわけではないのです。
教室はヒントをもらう場所です。今、幼稚舎5年の会員ママの言葉です。「慶応会は、安全に恥をかける最後の場所です。こちらでどんどん恥をかいて学び、本番の場で堂々とできるように鍛えていただいてください」
まったくその通り。「聞くは一時の恥。知らぬは一生の恥」と申しますからね。