今日は節分です。2026年2月4日
今日は節分です。鬼退治の豆まきをしながら、悪い運を追い払い、家の中に良い運を取り込んでいきたいと思います。都内では中学受験の3日目ですし。第一志望合格は眼前の目標ですが、それよりも20年先、30年先に今日の結果が最善の結果になることを望みましょう。
そして衆議院選挙の投票間近です。私は30人の村、という仮想空間を時おり想起しています。自分が人口30人の村の住民である、ということです。そこは小さな小さな夢現郷です。豊かな緑があり、川のせせらぎがあり、遠くを望めば紺碧の海につながる、平和な村に私は住んでいます。
村には30人の人が住み、老人もいれば生まれたばかりの赤ちゃんもいます。その赤ちゃんですが、若いお母さんが一人で産み育てるという環境です。そして赤ちゃんは障がいをもって生まれてきました。
この村には30人の人しかおらず、公的な援助といったものはありません。すべてが人と人との助け合いで運営されてきました。
そもそも赤ちゃんが生まれるときは、村で一番長老のおじいさんの家のおばあさんが出産の助けをしました。村にはお医者さんもいなければ産婆さんもいません。それは、土地で育てる野菜や豚、牛、ニワトリなどの恵みが村の人たちに自然な健康を与えてくれるからです。ですから村で人が亡くなる時は、何か重篤な病というよりは、寿命の自然な消滅と考えられているのです。
といったファンタジーに話は基づいてはおりますが、現実的には若いお母さんと障がいを持った赤ちゃんは、村で皆が寄り合って育てていかなければなりません。
そこで、「そういえば、今、離れにある物置小屋は、手を加えれば母子が住めるところになるぞ」という人は住居を提供できます。食事は2軒隣のお母さんが、育ち盛りの子どもに作る食事のおすそ分けができます。
稼ぎ頭の村の男たちも、それぞれ寸志を出し合って、母と赤ちゃんが暮らしていけるように何かしら身を挺した働きを捧げます。私もその一員です。
私には世界がそのように見えます。世界には80億人を超える人が住んでいるようです。日本には1億数千万の人が暮らし、東京には1300万人以上の人がいます。それでも、もっと極少の小さな社会を仮想するならば、家族という一単位の上は30人の村でしょう。
という「30人の村の住民」という自覚がある私ですので、私の家族、会社、社会に対してそのように、私に実行できることを日々しております。社会に対しては適切に納税することですね。
日本という国のインフラを安定させ守ることは、公共設備の話だけではなく、日本人のアイデンティティを守ることも含まれます。権利と責任はワンセットです。権利だけにただ乗りすることなど許されません。
理事長通信は政治理念を発する場ではありません。しかしながら「言ったもん勝ち」や「偽の弱さを主張したもん勝ち」や「利権を誘導したもん勝ち」に正当でない税の配分が為されることには断固反対する者です。税の分配が必要とする人のところに届くことを真に願っています。そこが減税の財源ですから。



















ご購入はこちらから
ご購入はこちらから
ご購入はこちらから
ご購入はこちらから
ご購入はこちらから
ご購入はこちらから
ご購入はこちらから
ご購入はこちらから








