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前回より、つづき2 かりにすべての要求を神さまに申し伝えたとしても、神さまとて万物の生き物から預かる願いをすべて受け留めるためには・・・2017年5月17日

前回より、つづき2
 かりにすべての要求を神さまに申し伝えたとしても、神さまとて万物の生き物から預かる願いをすべて受け留めるためには、テラバイトどころではない容量のストレージが必要でしょう。衆生から相応のお布施がなければ設備投資もままならないでしょうから、人の願いを預かるに際しては、総量規制がかかり容量制限があるのかもしれませんね。(この辺、考え方が科学とオカルトの融合ですね)
 その場合、この世の万物のうち、人間という存在は地球上で約70億人以上存在するので、来世へのお願いは一人につき三つまで、といったことになるのかもしれません。
 そのように仮定すると、はい、あなたは来世の自分に、なにを神さまに三つお願いしますか?
 というよりも、前世の自分が望んでなれたのが今の自分ですから、まずそのことに感謝しないとね。
 人というものは、自分がもっていないものに憧れるものです。自分がもっている長所や力を伸ばそうとするよりも、自分にないものを求め、憧れ、ないものを得ようと躍起になり、欠点の克服に情熱を傾けていやしないか? 
 自分がもっているものへの評価は低く、他者の中の、自分がもっていないものへの評価が高く、それが自分を苦しめる、そんなことがありはしませんか?

 私はまた、こう考えています。「魂」は現世で積んだ徳が来世で進化するように感じます。しかし「肉体」は単なる魂の容れ物なので、現世はどうあれ、来世では特段の要望として神さまに進化を望まない限り(来世は美人になりたいとかね)、肉体や容貌は選ぶことができず、ガラガラポンで与えられるのではないかな? と。
 わかりにくいですよね、ごめんなさい。自己の独断による思いを言語化して人に伝えて理解を得ることぐらい難しいこともありませんね。
 説明し直しますと、現世で世のため人のために充実した人生を送ることができた人は、天に徳を積むことができた人だと思います。自らのためだけでなく、人のために自らの力を注ぐことのできる人はそれだけで素晴らしいではないですか。そういう人は来世でさらに上の段階に進んだ魂で新たな今生を生きることができるのではないかな? と私は自然な道理のように感じます。一方、肉体というのは、私には魂を包む容れ物に過ぎないような感覚があるのです。

 どうやら、人の人生は、少なからず外見に左右されるようです。(上下かも…)
 確かに人の容貌に美醜を感じることはあります。しかしその判断基準は、時代により大幅に変わるものです。平安美人を絵巻でたどってみましょう。平成美人の基準とは大きく異なるようですよ。
 ほら、平安と平成の間にある1000年程度の前後なんて、地球の何十億年の歴史を考えれば、朝起きた時の価値観が昼頃には引っくり返っていた程度の違いでしかありません。時代とともに変遷する人の世の価値観など、気まぐれや錯覚ぐらいのものでしょう。

 女性の容貌については、わたしはこうも確信しています。
 いつも表情に柔らかな笑みがあり、性質や性格がオープンマインドであり、屈折した内面のない表情をしている人で、私は不美人を見たことがありません。
 と同時に、容貌そのものや顔の作りが美しいにもかかわらず、その人の内面にただならぬ紅蓮が燃え立っていそうな人に美人を見たこともありません。 造形の優れた美形であるのにむっつりとした女性を見ると、残念だなぁと思います。やはり表情は心が作るものです。
 誰に対しても感じ良く、心を砕いて接することのできる人は男女を問わず心を惹かれるものだし、良いお顔をしていると思いません?
 お顔の美醜だって心の持ちようで決まるものだと私は確信しています。
 老いてなお、凛として美しく柔和なおばあちゃまなんて、相当に魅力的ですよね。かく言う私は、老いてなおダンディ、齢を重ねて包容力を増すGGI 007(ジジィになったダブルオーセブン)を目指そうと決意しています。(冗談ですよ、もちろん)
連続2話おわり

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