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理事長通信

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おかげさまで、皆様にうれしいお知らせをひとつさせていただきます。2017年3月22日

 おかげさまで、皆様にうれしいお知らせをひとつさせていただきます。
 出版社と契約を済ませ、私は三作目の本を書くことになりました。また、皆様のお役に立てる! その思いが私の筆を走らせます。声援があると、さらに進む速度も上がります。理事長通信も休むことなく書き続けます。さて、今週の通信です。

 少し紙幅を割いて、私の母について書き残させてください。母は、まわりの人に愛を与えることのできる人でした。しかし、同時に寂しがり屋でもありましたので、人から愛を与えてもらうことも望む人でした。
 昭和ヒトケタ生まれの母は明治生まれの父をもちましたので、当時の社会風潮を考えれば当然ではありますが、父親が娘に対し、娘によくわかるような形で愛情を示すことはなかったようです。そのことが母の人格形成に及ぼした影響は少なくなく、母は甘え上手な人ではありませんでした。それが母の孤独を深めたことは否めません。
 ですから母は私に対しても、愛情の深さは後年理解できたにしても、その時分はなかなか理解できないという言動が多かったように思います。
 厳格な母、厳母という表現が当たる女性でした。

 If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.
 男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない、というのはレイモンド・チャンドラーが描くハードボイルド小説(そう言えば、ハードボイルドって概念が通じるでしょうか?今現在でも)の主人公、フィリップ・マーロウに課せられた人物像です。

 私の母も同じことを申しておりました。男性に強さと優しさを求める人でした。母の望みは達成され、私の父という伴侶を得ました。実に幸せな人であったと思います。
 そして母はフェミニストであり、職業婦人として、戦後の日本社会で社会進出を望む女性たちを、草の根でわずかながら支える役割も果たしました。
 母は女性の社会的地位を高めることに情熱を注ぎました。ただしその活動は社会主義的イデオロギーの発露ではなく、あくまで職業婦人の立場を理解し、志を同じくする人を応援するという立ち位置にとどまっていました。
 つまり、出しゃばりすぎを恥じていた、ということです。分をわきまえて、男を差し置いてしゃしゃり出るような立ち居振る舞いは控える、といったことでした。
 それが女性の美徳であるのか、それが望ましいのか、疑念を抱く方もいると思います。「分」というものを考えるということそのものが男尊女卑の象徴ではないか、といった批判もあると思います。しかし私は、この世を俯瞰してみることができるなら、昔も今も通じる、それは絶妙なバランス感覚であったなと感心します。

 今は行き過ぎたフェミニズムが跋扈し、とうとう男から活力を奪うところにまで達し、行き過ぎをいさめる言論も許さぬほど社会に浸潤してきていますから。
 それなのに、「私を奪いに来る男がいないじゃないかぁ!」とドラミングして不平を訴えるさまが容易に想像できる女ゴリラに、求愛する男がいると期待する方がおかしくないですか? (シンプルに物事を考える私は、かように考えるのですが・・・)
 シルバーバックのゴリラ(成熟したボスの威厳を持つオスゴリラ)も、大人の男として練れた人間の男も、両方とも絶滅危惧種なんですよ。
 両者に必要なのは保護じゃない。保護は活力を奪うだけです。野生の活力を発揮できるように、多少の失敗を見守ってやることです。
 野放図も度を越して乗り越えたら、やがては落ち着くものですよ。だから針小棒大に、小さいことを大きくしないことです。もちろん、法治国家のルールの下で。
2へつづく

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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