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理事長通信

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人生、いつハプニングが起こるかわからないものです。2022年7月27日

 人生、いつハプニングが起こるかわからないものです。私もその日の前日の夜、そんなにうれしいことが翌日に待っているとは思っていなかった、という事が起きました。
 特に開帳する話でもございませんが、私は20代までを写真作家を目指す商業カメラマンとして過ごしました。コマーシャルフォトグラファーと呼ぶと少しかっこつけた感じになります。バブル前夜の頃です。
 小学生の頃から私は写真作家を志し、感性を磨く修行に邁進しておりました。大学在学中に日本広告写真家協会の新人賞をいただき、スタジオマンの経験を経てプロになったのですが。
 8×10インチの超大型蛇腹カメラを使い、ストロボでライティングをして宝石を撮るカメラマンはまだあまりいませんでしたので、それだけで特技になりました。自分で開拓した、「和と洋の融合」として漆や信楽の焼き物などと宝石を組み合わせた作品が認められ、ニューヨークに居を移して宝石の広告写真を撮っていました。

 私が心酔したのは、ジャック・アンリ・ラルティーグやブラッサイやダイアン・アーバスという作家です。木村伊兵衛や土門拳も。リチャード・アヴェドンやヘルムート・ニュートンやサラ・ムーンなどファッションカメラマンから写真作家になった人も憧れの対象でした。コマーシャルから作家になった人には繰上和美や浅井慎平がいます。
 ところがですね、いざ私がプロになってみると、それは写真作家の仕事ではないのですよ。クライアントの意向を受けた注文写真を撮って、現場のアートディレクターやデザイナーに、ライティングや構図の指図までされる、ということに生意気にも辟易して、3か月で飽きてしまったのですね。
 なんだよ、おれはあなた達の意向に沿った写真を撮りたいわけじゃないんだよ、という思いです。ま、要するに若気の至りのカン違いですね。

 そうして日本を離れたのですが、私が海外にいると仮病を使って呼び戻す父が、3回目の仮病入院をしたことをきっかけに、また年間契約で撮っていたプラチナギルドの広告が、クライアントの方針転換ですべて没になった頃と重なり、私は荷物をまとめてリトルイタリーのロフトを引き払い帰国しました。
 おれは一体何のためにこの世に生を受けたんだ? と自問したところ、敬愛する親父の手足となって働きたい、と願ったことに気づいたわけです。親孝行がしたかったのですね、長男で、親族の長子でしたから。まさか、それから幼稚園の先生になるとは、それこそ本当に悪夢かと思いましたけれど。
 というわけで、私は畑違いの仕事に艱難辛苦しましたが、まあどの世界に入っても新人とはそういうものです。2,3年真剣に取り組んで、適性が違うと判断したら、まったく異なる分野に身を置いてみることも良い手法のひとつですよ。私だって、まさか幼児がなついてくれるとは想像したこともなかったですから。

 という長い話におつきあいいただきました。私の身に昨日起きたのは、なんと写真家のハービー山口さんにポートレートを撮っていただいた、ということです。そしてハービーさんの話には、生きていく上で大事なことのつれづれなることがたくさん含まれていたのでした。 つづく

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