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理事長通信

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断片的な記憶で語るのも恐縮ですが、私にとって極めて印象的だった言葉を思い出しました。2021年3月24日

 断片的な記憶で語るのも恐縮ですが、私にとって極めて印象的だった言葉を思い出しました。ナンシー関という女流版画家の、「分別があったらケンカは勝てない」という言葉です。
 版画家、(あるいはコラムニスト)と言っても彼女が目指した作品はアートではなく、風刺やブラックユーモアや、底流には愛を感じさせるものでした。消しゴムを版木にして彫った版画で芸能人や著名人の似顔絵を描き、彼らの言葉を借りて風刺的に描く作風です。その眼は時に辛辣な観察をし、人物を看破したかのような鋭さを持ち、彼女の感性には鋭利な刃物を私は感じました。
 彼女の見た目は、かなり太った印象の人です。オリンピッグなどとミーティングで試作案を出してすべったディレクターが放逐されるぐらい、今はジェンダーと体形や見た目についてコンプライアンスが厳格化されていますね。
 コンプライアンスって、法令遵守のことです。企業がルールや社会的規範を守って行動することを指すことが本来の意味ですが、個人の発言にまで責任が及ぶまでになり、誠に社会を委縮させていますね。からかうような物言いすら許されません。もちろん個人の体形を揶揄する発言はいけないことですが、そんなことを言う人は放っておいても周りから駆逐される人ですから。でも、声を上げる、ということは社会的には前進した行動ですね。後述するイジメの対処法のひとつです。

 その「ケンカは分別があったら勝てない」という言葉は対談中の記事(誰とだったかは失念しました)で目にしたものです。ナンシー関(いくら太っているからと言っても、ぜきじゃないですよ。それじゃあ相撲取りです。せきさんです)。
 その対談を要約すると、「私の体形だけを見て、ブタだとかデブだとか、眼鏡までかけてるからもう、ルックスについて際限なくからかってくる人もいたわけ。それこそもうちっちゃい時から。それで私は観察眼があるから、ああ、この人の本質は悪口雑言を繰り出すその裏にあるな、って見える瞬間があるの。それって、本人も気づいていないような闇であったり、自覚していないコンプレックスだったりして、たぶんそれを指摘したら、もしかしたら本人が崩壊するかもな、っていうぐらいその人の根幹が見えてしまうことがあるの。でもね、言えない。なぜなら私には『分別』があるから。どんなに自分が攻撃されて悔しくても、その悔しさや苦しみや辛さの痛みがわかるから、人には言えない」といった内容でした。
 私は衝撃を受けました。私も毒舌やブラックユーモアを駆使する者ですが、私にも一定レベルの線引きがあります。その自分を抑制する力の源は「ためらい」です。ああ、これ言ったらこの人終わるな、という感覚ですね。時に私が一方的な言われ方をしてかなり形勢不利であり、このまま終了するとこちらが負けた状況となりそうな場面でも、そこでもう一歩強く踏み出す事をためらうことがありました。もしくはもう一歩出て相手に大きなダメージを与えた場合、その責任を背負うことができない、と予測した上での自己抑制ですね。それができるのが大人、と言えばそれまでですけれど。
 私が子どもの時から、勝てる場面で、負けはしないけれど「譲る」という結果を選んで悔しい思いを重ねたのは、この「分別」が脳裏に浮かんだからだ、と積年の謎が氷解して衝撃を受けたわけです。要するに優しい人はケンカに負けちゃう、ってことです。ここ笑う所じゃないですよ。さて、イジメへの対処ですが、次回です。

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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