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理事長通信

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前回よりつづき 社会と経済は相照らす鏡ですから、経済的な閉塞感は社会を抑圧し、人の心に縛りをかけていることは理解できます。2020年12月16日

前回よりつづき
 社会と経済は相照らす鏡ですから、経済的な閉塞感は社会を抑圧し、人の心に縛りをかけていることは理解できます。人の心から余裕が奪われているのは、経済的な逼迫や社会にゆとりがなくなっている表れなのでしょう。
 だからこそ、人は理性的に発言し行動することを心がけなければですね。「正しいことを言う時は、控えめに言うことだ。そうであれば言われた人も、正論を受け入れやすくなるから」と聞いたことがあります。そうですね、自戒します。どちらのサイドが善であるか、それを論じるだけで戦争が起きるのですから。

 そこで考えましょう。失敗した人に過剰な謝罪や活動の自粛を、外野や他人が求める論調は、「マスクポリス」ならぬ「正義ポリス」と同義です。
 我われは神ではない。他人の失敗を辛辣に裁く権利など誰にもありません。市井の一個人だ、という自覚を忘れたら危険。妙な正義感に燃えるって、それカン違いです。社会的制裁という正義の名を借りた娯楽です。過激な批判の発言や書き込みなどしたら、今度はそちらが犯罪者ですよ。自分の正義は自分に貫けば十分。

 そもそも他人の人格に清廉潔白を求めたり、妙な期待を持ったりするから、事あるごとに裏切られたとか言うんですね(政治家なら、行動においては自らの信条に沿って清廉潔白、政治においては清濁併せ呑むことが必要かもしれませんが)。
 だれしも人間は多面性を持つ多面的な生き物です。「信じていたのに裏切られた」とか他人に向けて発言する人って、私はその無責任さに戦慄します。どうして自分以外の他人に、自分の100%を把握されなければいけないのでしょう?
 「他人が知らない自分を私はたくさんもっている」それが個人です。
 ですから私は常に肯定的に言います。「自分の信じた人生を生きればそれでいい」と。よく「人の目」や「人からの評価」を気にしてクヨクヨ悩む人に向けて言います。年頃の子、特に中高生には声をかけてあげたい言葉です。
 「誤解されるのが辛い」と言う人もいます。わかります。理解できます。でも、100%全方位的に人から好かれて生きようとすると、本来の自分を見失います。「他人の疝気を頭痛に病む」という言葉もあります。
 誰もが好感を持つだろうと思われる人でも、10%のアンチは必ずいるそうです。神様でさえアンチがいます。神を信じない人です。

 慶応会理事長は、「縁故を持たない家庭は絶対に合格できない」という都市伝説がある複数の私立小学校に、『幼児とパパ・ママを鍛え上げて、実力で合格させるプロ』です。そのために、会員ご父母を集めて父母講座まで行う者です。しかし私には、およそ教育者などという肩書は似合いません。私は仕事中でさえ多趣味な自由人です。平素より社会的な体面を取り繕うような、窮屈な振舞いはしておりません。なぜなら、私の家族が私を必要とする生き方をしていればじゅうぶん、と考えているからです。(先日、お茶の水のヴィンテージギター屋の前でばったりお会いした会員さんのパパが、革ジャン革パンツ姿の私を見て腰を抜かすほど驚かれていたのですが・・・)
 自分の人生は誰のものでもない、自分のものです。自らの座標軸の中心には自分がいます。そして自らの羅針盤を心に持ち、自分の信念が指す方向へ舵を切り、自分の人生を進むことです。人はそれぞれが個人として自立し、それぞれの本分を全うする生き方をしていれば、心安らかに過ごせるのではないかな、と愚考しております。
 まったく、地位も名誉も金も欲も、他人の生活などどうでもよろしい!

 そして失敗をしでかした人には、葬るのでなく再起のチャンスを与えることが大事だと思います。自分に非があるならば悔い改め、自らの本分に立ち戻り、実績や社会貢献や結果において、従前以上の成果を出し、自らの人生に価値があることを証明することです。人は失敗からしか学べません。

 ※入試も同じですよ。第一志望合格の油断は、甘美な衰退の始まりかもしれません。不合格は、学びを得て到達できる成功への始まりです(キッパリ)。

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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