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理事長通信

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社会になにか問題が生じるたびに、法整備を進めなければならない、という論調には、私は一部賛成しつつ、事と次第によっては懐疑的であるという見解をもっています。2020年11月18日

 社会になにか問題が生じるたびに、法整備を進めなければならない、という論調には、私は一部賛成しつつ、事と次第によっては懐疑的であるという見解をもっています。
 特に人間の心の内面を探索する答えのない旅の終着点を法解釈に求めることは賛成できません。
 そんなことは人間の尊厳にかけて、個人が結論を出すべきことです。法整備が進んで、法的解釈により決着することが新たな懊悩を生む可能性を考える必要があると、私は考えています。

 新宿の末広亭で志ん生の落語を聞いて育った私としては、「横丁にゃ知恵のあるご隠居がいてな、なんか困ったことでも起きた日にゃ、『おう、ご隠居さん。ちょっくらごめんよ』と手土産でもぶら下げて訪ねて行けばな、ご隠居さんは胆の奥の方にしまった『知恵袋』の緒を広げてくれる。そのお知恵を拝借すりゃあ、浮世の煩悩なんざぁ、なんだってストン、と腑に落ちるってもんよ」という情景が目に浮かぶのですが。当代のエリート役人や、世襲がまかり通る政治家たちには、肝心の胆の座ったご隠居がいらっしゃらないようですな。

 国会で「第三者を介する生殖補助医療」で生まれた子の、親子関係を定める民法特例法案について審議が進められる、という記事を目にしました。つまり、夫婦間で夫または妻いずれかが精子または卵子の提供を他人から受けて妊娠し、出産する医療ですね。親の権利を法の上で確定する意義は深いと思います。
 一方、誕生した子どもの権利、というナイーブな問題があります。ドナーを介して生まれた子が、出自を知る権利を法的に保障して欲しい、という主張ですね。実際に父親がだれであるのか知りたい、会いたい、という欲求が深いことも理解できます。卵子の提供を受けて生まれた子であるならば、遺伝子上の母親がだれなのか? 自分の存在を確認したいという気持ちも理解できます。

 医療が発達する前の話です。私が小学生の頃、仲の良かった友人が、近所の大人から「もらいっ子」だと言われて涙している、という話を聞いたことがあります。友人は養女としてその家に来た子だったのですね。別の友人で、成人した時に、実は、と両親から事実を告げられて、そのショックから家を離れてしまったという話を聞いたこともあります。その人も養女であったそうです。
 実に実に難しい話です。親からしたら遺伝上のつながりはなくても、実の子と同様に、それ以上に愛情をかけて育てたわが子だと思います。しかし、子どもからしたら本当のお父さんお母さんではなかった、という事実に直面し、受け入れられない衝撃があったことと思います。
 養子を迎えた時、いつか実子ではないことをわが子に伝えなければ、と不安を抱えながら養父母は幸せが崩れないことを願い、不安に子育てをしていることでしょう。父母から子へ、もしも事実を伝えた時に、それをわが子が感謝して受けとめてくれるか、それとも真逆の受け止め方をして心が離れてしまうか、こんなに結果が不確定で先の読めない不安はありません。では、真実を伝えない方がいいのでしょうか? そんなウソに囲まれたような環境で育つ なんて人間の尊厳にかかわる、と批判を主張する人もいますし、その考えも理解できます。
 自分の出自を知る権利を求める人の気持ちはわかります。ある人は「今まで信じてきたこと(実の父母がそうではないこと)やそれを元に構築してきた自らのアイデンティティが崩れた時、もう一度自分という存在を立て直すには、自分を表わす一つ一つのピースを、まるでジグソーパズルを完成させるように組み直さなければいけない。DNA上の親がだれなのかがわからなければ、ピースが抜け落ちたままではパズルは完成できない。だからドナーの情報が必要だ」と主張します。表現はそれぞれの人によって違うでしょうが、それが意味するイメージは私にも共有できます。苦しいだろうなと察します。その気持ちに同調し、法的整備を推し進めようとする人が一定数いることも理解できます。
 しかし法律が改定された場合、精子または卵子を提供した側に、先々なんらかの義務が生じる事態が起きるなら、そもそもドナーの制度自体が崩れる可能性があります。権利を主張し、要求が通ったがゆえに、未来のドナーがいなくなり、生まれてくることができない命が増える可能性もあります。難しい問題です。

 知恵者のご隠居ならなんと助言するでしょうか? 「人ってものはね、胆の奥の方に、どぉしようもない悲しみや苦しみを、ひっくるめて仕舞い込んじまう、でっかい袋を隠してるもんだ。大人てぇのは、その袋の中に、ぜえんぶ押し込んですましてる、てぇことなんじゃないのかい」と、いう感じでしょうか? 

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