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理事長通信

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先週、出勤前のひとときに、通りを渡った所にある、神宮の大きなお社を見上げるオープンカフェで、私は一人であったかなお茶を飲んでいました。2019年10月16日

 先週、出勤前のひとときに、通りを渡った所にある、神宮の大きなお社を見上げるオープンカフェで、私は一人であったかなお茶を飲んでいました。見渡す限りの青空は秋の日に似合いで、夏の日と同じぐらい鮮烈な太陽でしたが、肌の感触はずいぶんと違っていました。思えばその日は自分の誕生日でした。
 母がよく言っていたものです。「あなたを授かった日は澄み渡るような秋晴れの日でした。私は生まれたばかりのあなたを抱っこしながら、みんなに祝福されているような、晴れがましい気持ちでしたよ」と。
 私は確かに母に愛されていたのだと思います。でも母を思うたびに思い浮かぶのは、厳母のイメージです。母は私を自立させるために、ずいぶんといろいろ腐心したと思います。なかなか思い通りに育たない長男の私を、なんとかコントロールしようと、あの手この手で必死だったと思います。そのおかげがあっての、現在の私であることは間違いありません。ですから、心から感謝しています。

 でもね、ここからが問題の核心なんですよ。私は自己肯定感が強く育った方だと自覚するのですが、それって父母の愛情をまっすぐに受け取って育ったからだと思います。その時、父と母の私への愛情に差異があったかと言えば、なかったとは言えないかもしれませんが、きっと同等に愛してくれていたはずなんです。でも私は心の底から、お父さんっ子なんです。父が大好きで大好きで、大学生を過ぎても時々そうしたように、2年前に父が息を引き取った日も、父の眠る布団にもぐりこんでしばらく横に居たほどです。葬儀社と打ち合わせを終えた妻が父の部屋に戻って来て私を見つけた時、悲鳴を上げましたからね。「わーっ!ホラーだぁ」と。

 うーん。ホラーかなぁ、やっぱり。でも、父も私同様にお父さんっ子であったようです。母が時おり申しておりました。「お父ちゃまがそれはもう、ニコニコしてお目覚めだったから、『どうなさったの?』とお聞きしたら、『おやじの夢を見てね』っておっしゃってたわ」と。夢の内容は聞き漏らしましたが、私も時々父の夢を見ますから同じような事でしょう。目覚めがとってもあたたかな思いで包まれているのです。本当に父が恋しい。
 さらに一歩踏み込んで懺悔すると、旅立って4年になる母の夢も時々見るのですが、目覚めの印象が真逆なんですよね。これ以上語ることで、私は母の名誉を守れる自信がありません。でも私が今回このようなことを告白したのは理由があります。
それは子育てに今現在、一生懸命に心血を注いで努力をされているお父さまやお母さまに対してのメッセージがあるからです。

 時々耳にすることなのですが、特にお母さま、わが子が可愛くて、心から愛しているのに、それとは裏腹に厳しい言葉や態度で叱責したり、時には手が出てしまったり、苦しいお気持ちになることはありませんか? それは私が5作目の拙著、「怒ってもいい子育て」で書いています通り、しょうがないんです。母の愛が理性に勝ってしまうのですから。
 もっと深い所にある心理の話にさらに一歩踏み込むと、兄弟姉妹がいる時、上の子と下の子とでは対応が違うことってありませんか? 上の子ほど下の子には厳しくできない、とは頻繁に聞くことです。つい下の子の方を甘やかせてしまう、と。そういうことではなく、性差のせいばかりでもなく、明らかにわが子を愛する熱量に差があることに気づいていて、罪悪感にさいなまれることはありませんか? また、一人っ子であるにもかかわらず、望んでようやく授かった命であるにもかかわらず、あまりわが子を愛せない、という母の懺悔を耳にしたこともあります。
 重たい問題ですよね。でも、もしかしたらそれって、相性の問題もあるかもしれません。もっと突き詰めるなら、お互いに相容れない存在という運命の下に寄り添わなければならなかった二つの命なのかもしれません。
 私は誕生日を重ねても、まるっきり老け込むことができないほど新たな煩悩が降ってきますね。これ、神さまからのプレゼントですね、不老の。

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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