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理事長通信

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誰にとっても、日々の営みは忙しいものです。2019年4月3日

 誰にとっても、日々の営みは忙しいものです。働き手は仕事で忙しいし、専業主婦はルーティーンワークで忙しいし、学生も生徒も本分を全うするために(そりゃ、運動してお手伝いして勉強してですよね)忙しいし、赤ちゃんはお腹を空かせるのが忙しいです。みんなみんな忙しい。私が特に激務というわけではありません。
 それでも、面談が続いた日の翌日も朝から体験レッスンが入っていて、ありがたいことに5人も6人も体験レッスンでいらっしゃる方が引きも切らない、なんてうれしいことが控えている前の晩に、さあ眠るかな、としているところでふと、過日の想いが頭をよぎり、これは通信に書かなければと大急ぎでノートパソコンを広げる、なんていうことがあると、やや私は神経がオーバーワークであるかなとも思います。

 でも大事なことなので書きますよ。昔から感じていたことです。
 「この人物は一流だな」と感じさせる人がいます。私がそんなふうに人を判断するのも高飛車ですが。「この人はひとかどの人物であるな」と感心する人がいます。という言い方なら、やや控えめでしょうか?
 私は仕事柄、極めて高学歴といった人に囲まれて幼少期より過ごしてきました。先代理事長を父に持ちました私は、慶応会で指導をしていただいた、素晴らしい講師陣を間近に見て育ちました。また、学校関係者や学術的に高度な専門知識を持った学者やその周辺の方々にも知己を得たことから、さまざまに学ばせていただきました。高い知見を持つ人が集う場で言論が行き交うと、感情的な諍いが起きることもあります。人間関係の軋轢を生むこともあります。お互いが自らの正義を譲らずぶつかり合う真剣勝負は、父からまた聞きするだけでもおもしろいものがありました。
 もっとも高校生までの私の学びは彼らの学術分野のことではなく、それらの人々の「人間力」についてでした。

 私の学びの結論は、「勉強が高度にできることと頭の良さは、本来まったく別のものである」ということです。ナマイキー!
 これは諸先輩方を侮辱した言い方に聞こえたならば、私は伏してお詫びをしなければなりません。ですが、私の真意はそういったことではありません。純粋な意味で、「学歴」は「頭の良さ」とも「人格の高潔さ」ともシンクロしない、という人生の真実を申し上げているだけです。だって真理でしょ?
 つまり、高学歴を得るためには、受験教科の学力を高度に高める学習をしなければなりません。同様に、真に頭を良くするためには、人生において答えがひとつではないことに対して、正鵠を射る答えを瞬時に導き出す能力を高める学びが必要です。なにしろ受験とは違い、人生には予め答えが用意されていない事の方がはるかに多いですから。究極は直観力の高さです。
 さらに人間力を豊かにするためには、数多くの困難にぶち当たり、困難から逃げず、そのつど全力で立ち向かい克服して人間の純度を高めていく研鑽を積むことが大事です。トラブルの渦中に飛び込み、もがきながら格闘することですね。
 ざっくり言うならば、「勉強は大切だけれど、それだけじゃ大した人間にはなれないよ」ということです。

 私が人を見る尺度のひとつは、その人物は「責任を背負ってものごとに当たれるか」という点です。
 胆力があるか、人物が座っているか、と言い換えてもいいと思います。私が見る限り、仕事で失敗した時に、自らの失敗と受け止めて始末をつけられるか、当事者として覚悟ある態度がとれるか? または逃げ出すか、ほっかむりをして知らんぷりを決め込むか? 要するに、人生にどれだけ真剣に、主体的に関わっているのか、です。その辺りの対応に注視すれば、10年、20年後のその人物の行く末はわかるように思います。
 欠点多きわが身にも、少しばかり自負するところがあるとすれば、それは困難から逃げないという点だと思います。これは厳母の教えのおかげです。逃げることなど決して許されませんでしたから。ただし、まだ人生の途上ですから大きなことは言えません。もしかしたら一目散に逃げ出したくなるほどの困難にまだぶつかっていないだけかもしれませんからね。でも、逃げ出す奴にロクな奴ぁいませんぜ。

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