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理事長通信

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午前中の雨が上がり、冴えわたるような春の日差しを迎え、私は生地にほど近い麻布の菩提寺に行ってきました。2018年4月25日

 午前中の雨が上がり、冴えわたるような春の日差しを迎え、私は生地にほど近い麻布の菩提寺に行ってきました。父母がおりますのでね。会長先生の一周忌を来月に控えて、父母に報告したいこともあり、墓所の掃除でもと思い、出かけたのです。
 出先で急に思い立ったことなので、花も線香も用意がなかったのですが、まぁ顔でも見せに、という感じです。
 一人で出向きました。お彼岸の時にはまだそぞろだったのに、植え込みの緑がうっそうと茂っていて、私は葉をせっせとむしりました。一息ついて石段に腰かけると、昔々のことをいろいろと思い出しました。
 私は日曜日の夕方、仕事を切り上げてきた父と、母と弟の4人で食事に出かけることが好きでした。父が気張って、六本木の鉄板焼き屋や赤坂の南洋風レストランに連れて行ってくれたことよりも、真っ先に思い出すのは、慶応会近くのお好み焼き屋です。ちょうど道路側の玄関を出て右へ上る坂の中腹にあったのですよ。慶応会の最寄りの洋一亭やCocosやitoもその頃オープンです。息が長いですよね。
 何にせよ、家族が一緒に食事をする光景は幸せのアイコンだと思います。
 父はさしたる趣味も持たず、友人と出かけることもなく、仕事から帰ると書斎で慶応会便りの文章を練ったり、パンフレットの原稿を書いたり、家でも仕事をしていました。クラシック音楽、コンチネンタルタンゴの楽曲、映画音楽を聴くのも楽しみにしていました。落語のカセットテープをベッドの中で聴くことも多かったです。インドア派でした。
 それでも若い頃は私を連れて野山で外あそびもしたし、寄席やボクシングやプロレスの試合を見に行ったものです。美食家でなく、料理の腕を振るいたい母が嘆くほど簡素な食事を好み、酒も嗜まず、仕事以外の交友関係も作らず、空気のように、家族と過ごすのを楽しみにしていたのかもしれません。私は父が大好きでした。

 忘れていたことを今回母に報告しました。母はポーセリンの器に絵付けをする趣味があり、その世界の友人も多くいました。母の絵付けの先生は母よりもだいぶお年をお召しでしたが、母の葬儀に、両腕をお弟子さんに支えられながらお越しいただきました。おもしろい着眼点を持つ母でしたので、晩年に自分の骨壺、と称する壺に絵付けをして用意しておりました。私は見ていないのですが、母のお付き合いで、せっせと一緒に絵付けの食器を増やしていた妻がそれを見ています。
 ところがですね、見つからないのですよ、その壺が。葬儀にも間に合わず、出来合いの器に納めて納骨したのですが、母の性分を考えると気に入らないと思います。もっとも、母はさっぱりしたところもあるので、「いいのよそんなこと」と言ってくれそうな気もしますが。
 父が逝き、父母が居なくなった実家の片づけを一人でし、家の中はもちろん、収納庫やその他思い当たる所はすべて探しましたが、どこにもありませんでした。でも、どこかにはあるはずです。だって、だれかにプレゼントできるようなものじゃないですからね。「はい、骨壺よ、良かったら使って」なんてね。母さん、待っててね、見つけますよ。

 親って死なないものだ、そう思っていました。でもね、死んじゃうんですよ。けっこう突然に。病気の最中であっても、いやそんなに早くは死なないだろうと思っているうちに死んじゃうんです。人ってね、死んじゃうと会えないんです。会えないことは寂しいけれど、辛いのは、もう話ができないってことです。伝えたかった感謝の言葉があるのに。優しい気持ちで手を握ることや、言葉がなくても微笑みを返すことができなくなっちゃうんですよ。だから、心が満ち満ちてくるような幸せな気持ちで今、伝えた方がいいですよ。5月は母の日、6月は父の日がありますからね。

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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