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理事長通信

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大学受験生はセンター試験もドタバタ状態で終了し、中学受験生は試験目前ですね。2018年1月24日

 大学受験生はセンター試験もドタバタ状態で終了し、中学受験生は試験目前ですね。みなさんの代わりに、私がスベッた話をしますよ。
 人は永遠に十代に留まることはできない、というのは誰もが納得する誰かの言葉です。私はと言えば、経験を積むに連れ、増えてきた知恵はあるかもしれませんが、内面的な自分は、未熟で愚かで直線的だった17歳の頃から、ちっとも進歩していないことをいつも自覚しております。(だいたいにおいて、人の性格は12歳までに決定すると私は考えています。小学6年生のときのクラス会に出て、当時の友人と会話をすればそれがわかります。あの頃、一目を置くような人物であった旧友はやはり、ひとかどの人物に成長しています。その時期にどういう環境で、どのように過ごし、内面をどう磨くかがいかに重要かはそれでわかります)

 体力面でも、身体能力面でも、既に自分が下降線の真っ只中にいることを自覚していないことに、最近頻繁に気づかされます。
 先日の朝、駅前のキヨスクでその日発売の雑誌を買い、信号を待つのももどかしく、高さ70cmほどの高さのあるガードレールをジャンプし、車道を一直線に駆け抜け反値側の歩道に渡ろうとしたときでした。右足で踏み切り、ガードレールを超え、高低差が120cmほどあった下方の車道に左足で着地し、右足で踏み出してダッシュするという場面まではシミュレーションしたのですが。
 ジャンプ一番、着地したはずの左足が体を支えきれず、フォローで出るはずの右足ももたつき、私の体は右へ大きく体勢を崩していきました。
 今を去る数十年前、気の進まないままに高校の必修授業で習った柔道の受け身がここでも役に立ちました(とっさの受け身に、私は過去数回助けられています。体育の必須授業って意味があるんだなぁ)。私は路上で大きく2回転すると、両足から飛びぬけた靴が見事に空に円弧を描き、それを目で追いながら私の体は静止しました。
 まったくみっともない。
 転げた無様さより、自らの身体能力がかくも落ちていることを恥じ、私は靴を拾い集め、一目散に反対側の歩道へと駆け抜けました。
 受け身のおかげで幸い、体には何の変調もきたさず、高校時代の柔道教師、「貫太郎」のニックネームと笑顔まで思い出し、感謝を捧げ直しました。

 正直に告白すると、体の変調以上に気にかけていたものを、私はそのとき手にしていました。ここ15年ほど愛用していた黒くペイントされたカメラです。長いこと探し、手に入れ、デジタル時代に世が変遷しても、フィルムを詰めて、そのアナログの描写を楽しんでいたカメラです。私は手にした厚手の保護バッグからカメラを取り出しました。そこには、ちょうどフォーカスを合わせる距離計を納めた部分が、ぼっこりとへこんだ愛機の姿がありました。
 かつて、戦場を駆け抜けて激しい戦闘の様子をカメラに収めてきた、華々しい戦歴のカメラマンたちが、現場でひとつひとつカメラに印として刻んだ傷と違い、こちらは平和をかこつ東京で(今は、という付記が妙な回想を持つことは絶対に避けなければならないと思います)、ずっこけた時にへこませた不名誉な負傷です。本当にへこんだのは私の心です。
 こんなとき、私の胸に思い浮かぶことがあります。今回で言えば、「俺が大怪我をする代わりに、こいつが痛んでくれたかな」ということです。
 毎日の報道で、何かしらの事件や事故で犠牲になった人を知る機会があります。縁もゆかりもない人の身に起きた不幸を、もしかしたら自分が受ける災いをこの人が背負ってくれたのではないか、そんなふうに私は感じることがあります。手を合わせる気持ちにも一層の想いがこもります。
 人の身に起きたことにあまり強く思い入れないように、されど、この世から失われてしまった一つの魂が、想いを残さず昇華できるよう祈るように。そして生かされているわが身に感謝して、人のために尽力できるように。そんなふうに、私はいつも思っています。(私は言葉ではなく、神さまと日々対話をする習慣があるのですが、これは心の照る日も曇る日も、母校のチャペルで過ごすうちに身についたことです)

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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