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理事長通信

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こんな私にも、ものすごい才能が隠れていた。そんなことを実感する出来事がありました。2017年12月6日

 こんな私にも、ものすごい才能が隠れていた。そんなことを実感する出来事がありました。
 浮かない顔の妻がふと、どこかで落としてしまった手袋の特徴を私に伝えたときでした。「表がヒョウ柄の黒い革の手袋なんだけれど」……。
 それを聞いた途端、私の視覚は記憶の断片を瞬時に辿り、時間を2日前に引き戻しました。
 「それなら見たよ。表参道の横断歩道の中央分離帯の縁石に、裏返しで落ちていた」
 半信半疑で探しに出かけた妻が笑顔で戻ってきました。左右が揃った手袋を手に。朝露に濡れて、少しばかり重みを増した手袋でしたが、幸い無傷で返ってきました。
 どうです、すごくないですか? 2日も経過しているんですよ。散歩中に見かけた、ごくありふれた情景の中から、視覚に刺さった情報を記憶して再現するなんて。なんだかドラマの主人公がもつ特殊な才能のようですね。と自惚れをご披露して今週の通信です。

 本人の記憶と当時の事実が全く異なっている、ということは往々にあるようです。本人がその時に起こったことを、心でどう捉えているか? どのように受け止めているかでその後の人生は大きく影響を受け、進路をも結果をも左右するように思います。
 記憶って正確でしょうか? 事実の記録は必ずしも記憶と一致するとは限りません。本人の思い込み、は事実を曲げていることが多いかもしれません。
 過去とは、茫洋とした記憶の中にしか存在せず、実際問題として、0秒後から始まる未来をどう迎えてどう生きるかの方が遥かに大事なことですね。
 ところで私ごとで恐縮ですが、私の記憶を良い方に修正した方がよさそうな出来事がありました。中学のクラス会です。

 私にとって「中学時代」はもう暗黒史であり、真っ暗な時代でした。小学時代を天衣無縫に過ごし、子ども時代を謳歌した私にとって、第二次性徴が遅く、声変わりも背の伸びも級友に遅れた私は、それまでに拡大した自意識がもたらす自己実現の限界の前で、蹉跌をきたし喘いでおりました。
 それでいて大人の欺瞞を見抜く感覚は人一倍鋭敏でしたから、教師、特に教科を教える技術や知力は置いておくとしても、その人間性に疑念を抱くような教師に対しては、彼らの言動を精査して矛盾や欺瞞を突き、ことごとく反抗しました。
 生徒のえこひいきが目に余る教師に対し(なんと教えている教科が倫理社会!)「先生、尊敬ってさせるものじゃなくて、されるものじゃないんですか?」と皮肉で面罵したのは、我ながら痛快でしたね。私がもっとも軽蔑するタイプの教師ですからね、黙っていられません。直後に、みなの前でけっこう派手にビンタを食らいましたが。(この台詞は3冊目の拙著で日の目を見ました)。
 教師の生徒への暴力も野放しにされていた時代です。私はたぶん、その当時東京でもっとも教師の暴力(当時は体罰と呼んでいました)に遭っていた中学生だったと思います。私の反骨の精神は未だに一抹の衰えもありませんが、思い返して自分でも、骨のある肝の据わった中学生であったと自負します。
2へつづく。

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信頼の指導47年 慶応幼稚舎・早実・慶応横浜初等部・小学校受験・中学受験・中等部受験に勝つ!

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